2012年12月25日火曜日

カタチがすべて



「カタチから入る」という言葉があります。自虐的に使う人もいますが、方法論的には概ね正しいと思う。先に立派な道具を揃えて物事を始める、という意味ではどうかと思いますが、何かを行う際に事物の本質を考察するより形式や外観を重視するという意味では間違いではないでしょう。乱暴な例で申し訳ないが、恋人や伴侶を選択する時、一次的に美醜で判断するならリスクが小さい。生物学的な説明は措いとくとして、人間の本能的な選択には意味がある、ということです。

もちろん私はカタチ重視でして、いやむしろ過度に外観にこだわる癖があると言うべきか、ほとんど「カタチがすべて」。子供の頃から心に引っかかる色やカタチがあると、どうしても欲しくなって仕方がない。そりゃいい年をした大人ですから分際は弁えており、身を滅ぼすような高望みはしませんが、簡単に手が届きそうなものは許可が下りるまで粘ります。で、今回クリスマスプレゼントとして晴れて購入許可を得たのが、写真の醤油(笑。普段使っている醤油より高いのですが、偶然にスーパーで見かけて、その瓶のカタチに一目惚れしてしまったわけです。

一輪挿しにでもなりそうな、上品でしかも力強さを備えたカタチです。掌に自然に収まる適度な大きさが心地いい。瓶に印刷された、朱色のトレードマークも絶妙。そして、中身だってカタチに負けず劣らず上等でした。名は体を表す、といいますが、容器のカタチは中身の品質をちゃんと表現している。むろん「見かけ倒し」というケースもありますが、よく見るとそれはやっぱり中身に相応しく、つまらないカタチをしているものです。

2012年12月24日月曜日

ケータイ、つらつらと


近頃、スマートフォンに夢中になっている人を、頻繁に見かけるようになりました。ケータイでもその傾向はありましたが、それ以上にちょっと目に余る感じです。先日も幼児連れの母親とエレベーターに乗り合わせたのですが、スマホに注意がいって子どもがドアに挟まれそうになり、周りの人が慌ててボタンを押してました。同じような場面に遭遇したのは一度や二度でありません。いったい世の中で何が起きているのでしょう。

自分の周囲でも、ほとんどがスマホに切り替わった様子。非常に便利だとは聞いてますが、私自身はあまり関心がありません。さすがにケータイは持ってますが、それすら必需とも便利とも思ってません。たまにメールするにも四苦八苦して、あげく面倒になって直接電話することもしょっちゅう。不器用な人間には、しょせん縁がない道具です。

行きつけのバーでそんな話題になり、顔馴染みの客にiPhoneって凄いんでしょと話を振ったところ、私はケータイすら持ってませんと言うではありませんか。マスコミにお勤めで、様々な人と会って話をするのがご商売なんですが、それでも持ったことがないという。気の弱い私には、ちょっと真似の出来ない芸当です(笑。たぶん、彼の周辺では不満が渦巻いているのではないでしょうか。

そんなことがあり「私がケータイを持たない理由」という本を読みました。いろいろな理由が書き連ねてありましたが煎じ詰めると、商売として怪しげだし、情報を管理される危険があり、それに健康に悪いというところでしょうか。携帯会社の商売が怪しげだという点はその通り。これまで固定電話で充分に用が足りてたのに、なんで莫大な設備投資を繰り返しながら、必要のない人にまでケータイやスマホを使わせようとしてるのでしょう。複雑な料金体系や、摩訶不思議な囲い込みシステムを見てると、よほど知られたくないことが多いのかしらと思います。シンプルでないということは、嘘をたっぷり含んでるというのが、これまで生きてきて学んだこと。私はケータイは持ちますが、これからもお付き合いはシンプルに必要最小限にしたい。

ケータイの弊害については議論のあるところ。ただ一点だけ、ケータイは人間から「待つ」という機会を奪ったことが問題だと思う。たとえば待ち合わせの場に相手が現れなかった時、私たちは今でもその場でじっと待つことが出来るだろうか。何も情報が与えられないまま、突然の不条理に我慢してその場に留まるという行為が、人には大切なんじゃないかなと思うわけで。そういえば、いい大人が公衆の面前で、些細なことでキレることが多くなりました。いったいどうなっているのでしょう。

2012年12月17日月曜日

思うこと


昨日は予想外に暖かく、ウォーキング中にひどく汗をかきました。ちょうど小学校の脇を通った際、投票する人の列が校舎の外まで長く伸びていて、もし今日のように寒かったら大変でした。普段とは著しく違う様子に投票率が上がったのかと思ったのですが、実際には随分と下がってました。東京は記入すべき紙が余計にあったから、時間が掛かって投票所の中で人が詰まってたのでしょう。

私はいつも期日前投票なので、土曜日の夜に買い物ついでに済ませました。典型的な都市型無党派層なんですが、投票だけは欠かしたことがありません。その代わり、せっかくの日曜に時間がつぶれるのが嫌で、不在者投票制の頃から期日前に済ませるようにしてます。少しも手間は掛からないのに、投票所はいつもガラガラに空いています。忙しい人に特におすすめしたいです。

それにしても、今回の投票結果には残念でなりません。与党の肩を持つ訳じゃないですが、あれほど熱狂的に政権交代を望んだ人たちが、ちょっと気に入らないとなると文字通りポイ捨てするのですから。有権者にはマスコミに乗せられやすく、飽きっぽい人が多いのでしょうか、なんと投票率まで落ちてしまいました。ついでに政治家に相応しいとはとても思えない人が当選したり、昔の人相の悪い人たちも返り咲いてます。これじゃ、何のための政権交代だったのか。この3年半の政治的混乱の責任は、国民自身が厳粛に負うべきです。

日本の凋落が止まらないのは、われわれがリーダーを育てることを怠ったからだと思う。いつだって都合のいいことをいう人間を担ぎ上げ、利用価値があるかないかで政治家を判断してきた。いったんリーダーを選んだなら、彼らが一人前に育つまで辛抱するという気構えがない。たとえ意見が異なろうと、リーダーの判断を尊重しようとする見識もない。猿でさえ、リーダーの決断には従うというのに。気の向くままチャンネルを変えて、くだらないテレビ番組を眺めるように、われわれは政治を軽んじおもちゃにしてきた。どうしようもない、このいい加減さのツケを、これからも巨額の負債として黙って支払い続けなくてはなりません。

恥じるべきは政治家ではなく、政治の当事者であることから逃げている主権者たるわれわれなんです。

2012年12月15日土曜日

今朝のジャム


 今朝はジャムを作りました。そして今年はこれで打ち止め。呑兵衛ですから食後にくだものを摂る習慣がなく、その代わりに朝食にお手製、甘さ控えめのジャムを食べることにしてます。



 一部はブログに載せてますが、今年もいろいろと作りました。上等のくだものは使いません。特売品とか処分品みたいなので充分。なんといっても質より量。どうせ煮込んじゃうのですから見掛けなんか気にならない。ただし、きっちりと記録を採り、データを生かして好みの味に仕上げるようにしています。



先月はユズ。そんなに酸っぱくなく、しかも香りがいいので気に入ってます。たくさん出来てウハウハ。

2012年12月13日木曜日

今年の電気使用量


2012年度の総電気使用量は約2100kWhでした。ちなみに年間料金にすると5万円になります。大震災で全国的に節電モードに入った昨年は約3000kWh、その前年の2010年は約3300kWhなので、かなりの節電に成功しました。今年はいつもより寒い冬を迎え、早くから暖房器具を出したわりに良い結果が得られました。温水便座を最新型のものに取り替えたのも効いてます。家の中でもしっかりと服を着込んで、むしろ屋外の方が暖かいと感じることもしばしばです。

電気使用量が減っている代わり、反対にガスの消費が増えました。この点は残念ですが、エアコンの代わりにストーブをつけているので仕方ありません。そして金額ベースだと電気ガス合わせた年間合計金額は昨年と変わっていないというのが実態です。ガスの使用量も削減するため、従前から細かく気を遣っているのですが、もうこれ以上は改善のしようがないと思います。これからエネルギー価格の上昇が顕著になるはずなので、更に何とかしなくてはいけないのですが・・・。

今回の総選挙では原発の縮小廃止が、あたかも国民の総意であるように叫ばれてます。私自身は原子力発電そのものには反対しないのですが、政府や国民にそれを適切に管理する能力がない以上、やはり止めるべきだと思う。しかし、この選択は国富の源泉たる産業を弱体化させ、経常収支の慢性的な赤字を呼び込むでしょう。そして化石燃料への過度な傾斜は、資源のない日本の外交力を著しく弱めることにもなります。それでも私たちは、この不自由な国で生きていかなくてはならない。そして人間らしい最低限の暮らしを維持するために、個々人が為し得る最善の努力をするべきだと思ってます。

ちょっと威勢の良いことを書きましたが、私とて節エネ一色の生活はとてもじゃないがやってられない(笑。戦時下の灯火管制じゃあるまいし、薄暗い部屋で食事するなんて、何か貧相で嫌なものです。それでほとんどの照明は蛍光灯とLEDに取り替えましたが、唯一ダイニングテーブルの照明だけは100ワットの白熱灯を使ってます。最近は白熱灯を製造しなくなってるので、今の買い置きが無くなったらお仕舞いです。

2012年12月7日金曜日

今年の私的ベストバイ

 某新聞社恒例のヒット商品番付で、西の横綱として7インチタブレットが選ばれてました。そしてわたし自身の数少ない買い物の中から選ぶ今年のベストバイもこの7インチタブレットで、例年はかすりもしない私的ベストと一致するなんて大事件です。ちなみに東の横綱に選ばれたスカイツリーにはぜんぜん関心がありませんが。

使い始めて1ヶ月以上になりますが、慣れるに従ってこのタブレットの便利さにずるずると引き込まれていってます。当初はちょっと便利な玩具くらいに思ってましたが、今ではないと日常生活に不便を来すのではないかと感じるくらい。本格的な仕事に使えるかというと疑問ですが、少なくともネットやナビで利用するにはパソコンよりはるかに便利。外出時には、何はなくとも必ず携帯するようになりました。

音楽の楽しみ方も変わってきました。音声ファイルはすべて「雲」の彼方に投げて、これをストリーミングで再生するようになりました。アップロードした音声ファイルには「雲」の方で勝手にジャケット写真やタイトルを付けてくれるので実に便利。これで大容量のハードディスクが不要になりました。

それから、ラジオもインターネットで聴くようになりました。以前もパソコンでそれなりに聴いていたのですが、パソコンとタブレットでは聴き方が違います。ネットラジオも普通にポータブルラジオのように聴けるようになったというのが最大の特徴。外でちょっとお茶という時にタブレットを一緒に持ち出して、お気に入りのラジオ局を聴きながら一服するというのがマイブームです。下の写真はドイツのクラシック専門局を受信しているのですが、ご丁寧に放送中の曲に合わせてジャケット写真も流してくれてます。


家ではタブレットをPC用の小型スピーカーにつないで音楽を聴いてます。これがまるで有線放送を引き込んだような贅沢さなのです。それでいながらコストが掛かってない。ちょっと不吉ですが、安価で高性能なタブレットが普及すると既存の音楽や出版、放送などのメディアは必要とされなくなってしまう虞があるのじゃないでしょうか。携帯電話が固定電話を駆逐したように、従来型の娯楽産業が近いうちに衰退しそうな気がします。

2012年12月2日日曜日

自転車に乗って美術館へ


東京国立近代美術館が開館60周年を迎えました。ここはロケーションが素晴らしく、コレクションも好みのものが多いので、年に数回は必ず訪れる美術館です。派手さはないぶん、野次馬的なビジターもおらず、じっくりと作品を鑑賞できて美術館としての満足感はピカイチです。


 昨日は無料観覧日ということもあり、60周年記念特別展に行ってきました。混雑を予想してたのですが、運良くそれほどのこともなく、選りすぐりのコレクションを十分に堪能できました。ただいつも言っていることですが、美術を鑑賞するだけの施設になっているのは残念。せっかく素晴らしい場所にあるのだから、絵を見なくても楽しめる施設にするという方向もあるのではないでしょうかね。


 いつもはクルマか電車で行くのですが、昨日は思い切って自転車で行きました。皇居周辺は雰囲気のある場所が多いのですが、なかなか見て回ることが難しく、この機会に自転車でぐるりと走ってきました。しかし自宅からの往復だけで2時間以上、戻ってきたら足が張ってパンパンでした。週末ということもあり道路が空いていたため、周囲に神経を使うことなくのんびりと走れました。


昨日のように雨が降って寒い日でもランナーをたくさん見かけました。膝さえ悪くなければ、私も一度は走ってみたいです。それにしても昨日は寒かった!


半蔵門から官庁街を見てます。春の景色が素晴らしいですが、初冬の景色もなかなかのものです。

100年の人生

テレビCMで”人生100年”という言葉が出てきて、ちょっとびっくりしました。数年前から、100年を前提に人生設計すべきということが語られるようになってきましたが、もはや常識のレベルにまで上がってきたということでしょうか 人が当たり前に100歳まで生きる時代が到来するなんて、少し...