2021年4月11日日曜日

おとなの修学旅行 その1

 ちょっとね、人生の一区切りがついたので、3月の終わりに妻と修学旅行に出かけた。

今年の春はコロナの影響でインバンドがないので、桜咲く古都をのんびりと散策するには今しかないと思ったのだ。

京都に奈良、そして伊勢神宮。ホントにありふれた行き先なんだが、大人になってからはほとんど縁がなかった。

国内なのだから行こうと思えばいつでも行けそうだけど、おそらくこんな機会は最後だし、今行っておかないときっと後悔するという気がしたのである。


それで、いの一番に訪ねたのが、定番中の体場、清水寺。

僕は初めてだったのですが、ずいぶんと旧坂を登るのですねえ。思いのほか息が切れる。


妻は途中、キョロキョロと辺りを見回し、この辺でゼミのみんなと写真を撮ったのだけどな   あ、と当時を懐かしく振り返っている。


あとはお互いよく散歩した岡﨑公園とか鴨川の河原とか、改めて歩き回るとこれが結構しんどい。
当時は市電やバスにも乗らず、よくもまあ何キロも歩いていたものだと、その若さに感心するばかりなり。
今回は定額パスを使って、こまめに乗り継ぎながらの市中散策だ。


当時から寺社仏閣には関心がなく、会えば大抵喫茶店でお喋りばかりだった。

だから今回も町中を歩き、懐かしい喫茶店でやっぱりお喋りで時間を潰す。

向学心のかけらもなく、なんとも不真面目な修学旅行。

その代わり余った体力を使い、先斗町周辺の社会見学は充実させました。

観光客の少ない京都は、やっぱりええもんですねぇ。


2020年8月7日金曜日

10年目の梅しごと

10年前のちょっとした出来事から梅干しを作るようになった。

そう、あの放射能騒動の年。

始めはネットで要領を覚えたが、その後はずっと自己流である。

毎年記録を取って、それを参考に少しずつ作り方を改善してきた。


ことしは不作気味だったのだろうか、店頭に並ぶ梅は貧弱なうえに、例年にくらべてずいぶんと高価だった。

だから数を確保するだけでも手間がかかってしまった。


遅い梅雨明けを迎え、やっと天日干しまで終えた。

なんとか、来年の梅干しを整えることができた。

とにかく、梅の神様ありがとう。


毎日、梅を探して近隣のスーパーを覗くうち、野菜全体が少なくなり、しかも急に値上がりするのに気づいた。

コロナ騒動と天候不順が合わさって面倒なことになったようだ。

もしかしたら、今年の秋は令和の米騒動が起きたって意外とは思わない。

奇しくも今年の野菜の高値は平成の米騒動の年以来だそうである。

あれから国民所得は下がりっぱなしなので、家計に与えるダメージは大きいはずだ。


あの年も、米がなくなるからと人々はパニックをおこして行列を作っていたものだ。

そして輸入米は不味いといって、タイ米が廃棄されたことも社会の話題になった。

あのときと寸分違わない同じ情景を、27年後のいま見ていて思う。

ぼくは、こんな国民の一員であることが、とても恥ずかしい。

米騒動でも、放射能騒動でも、そしてコロナ騒動でも、何度も何度も同じ行動を繰り返し、しかもその後何の反省もない我が国民が情けなくってしょうがない。

あまりに幼稚すぎないか?



2020年7月24日金曜日

「自炊」という名の断捨離


この数ヶ月、世間並みに自由な時間が増えた。それで何をするかというと、やはり断捨離。以前に本を断捨離してさっぱりしたと書いたが、その後また増えたり、保管庫から新たに見つかったりと、さらに処分する必要があった。

ただ、以前捨てたのは、もっぱら娯楽小説のような読み返す必要のない本だったので、残っていたのは時折読み返す、どうしても捨てがたい本ばかり。とはいっても、これに手をつけないと、いつまでももやもやした気分なのも確か。どうすればよいかと悩んだあげく思いついたのが、書籍の電子データ化だった。これまでも保管義務があるような重要書類は、すべてスキャナーでデータ化してクラウドサービスを使い保管してきた。本の場合は処理をするには途方もない分量なのでそのような発想がなかった。しかし、コロナ休暇はちょうどいい機会である。このチャンスを逃す手はないと思った。

作業前にネットで調べると、いろいろと参考になるサイトが見つかる。自分で本を電子データにすることを「自炊」というらしい。著作権の関係なのか、「自炊」という言葉がちょっと後ろめたくていい。幸い十分な時間と便利な道具があったので、あとは手当たり次第本をばらして、次々にスキャナーの投入口に放り込んでいくだけ。時間さえあれば、片手間仕事でできる簡単な作業だ。


学生の頃から持っていた本が意外に多く、ほとんど紙が固く黄ばみ、背の部分の接着剤が硬化して実用に疑問がある状況だった。しかしそれをデータ化してタブレットで読んでみると、想像以上に便利で、なんで今までやらなかったのだろうと軽い後悔を感じた。ひとつには、当たり前だが、本を自由に拡大して読めるので、老眼の不自由さがほぼ解消出来たことにある。これは文庫本サイズの場合に顕著だ。さらに文庫本が、それより値の張るA5判で読めるということを意味するのでコスト的にもうれしい。おまけに本に書き込んだメモもそのままで、この点は電子書籍には到底及ばないメリットだ。


いま、新刊本で読みたいと思う本が少ないので、古本屋で探してそれを自炊して読むというのが、ぼくにとっては極めて都合がいい。浮いたお金で、大型サイズのタブレットを買えば、もっと幸せになれるだろうか。

そのようなわけで、以前から保管していた文庫、新書サイズの本は、ほぼ電子データとなった。なかには読み返すわけでもないのに思い入れで捨てられなかった本も含まれる。寝袋一つで気ままに旅行していたとき、ポケットに押し込んで持ち歩いてボロボロになった本などがそうだ。そういう本は、敢えてカラーで生々しく記録した。今は読まないだろうが、人生の最後のあたりで、若かりし頃をちょっと思い出したいときのために。

2020年1月1日水曜日

人生はゲームのように

40年近く前の頃だが、日本で最初に発売されたパソコンで、戦争ゲームを楽しんでいたときがあった。パソコンゲームと言っても今のような動画を楽しむものでなく、むしろ将棋ゲームに近い戦略ゲームと言ったようなものだ。ゲームの内容は、歴史上実際にあった有名な戦争を下敷きに、プレイヤーがどうやって史実を覆すことができるかという無理難題を達成するものだった。もちろん史実に基づく以上は歴史上の必然というものがあり、それを無視してはゲームが成り立たないから、ゲームの結果を動かすことは相当に難しい。それでもなお、歴史上の必然に挑戦する面白さは残されていたが、何度やってもその結果は変わらなかった。しかし、それではあんまり詰まらないので、終いには勝手にプログラムを書き換えて、何とか勝てるように細工したものだが、そうすると今度はあっという間に飽きてしまう。自分に都合のいいゲームなんて、ゲームそのものの価値がないものだ。それ以降、ボクはパソコンでゲームを楽しむことに興味を失ってしまった。

それから時は経ち20世紀の終わり頃、すなわちバブル崩壊で金融機関が次々と破綻した頃のこと。日本の将来がかなり悲観的になり、自分たちの暮らしだけでも何とかしないと未来はかなりヤバいことになると確信した時、たまたま友人から表計算ソフトを使って家計の将来予測をする方法を知った。今では当たり前の、ファイナンシャルプランナーが家計診断する際に使う、簡単な四則演算に基づく表計算に過ぎないのだが、先の戦争ゲームより現実的なだけに、かなり夢中になって将来予測をたてた記憶がある。しかし、それも戦争ゲームと同じで所詮は机上の空論、前提条件が少しでも違うと、予想はそれほど役にも立たないのは明白だった。つまり、自分たちを取り巻く環境の変化に対して、自分自身が関与できる努力がいかに微々たるものか、ということを嫌ほど思い知ったのだ。

それから20年以上が経った。今年も年末年始にかけて、机上の空論と知りつつもボクは相変わらず家計予測を行っている。今後どれだけの収入が見込まれ、またどれだけの支出があるのか。そしてこれから10年後、手元にどれほどの資産があり、どのようにして生計を立てることができるだろうかを想像するために。あの戦争ゲームのように、前提条件をいろいろ変えて無限の変化を観察し、最善と最悪を想定して、おそらくはその中位くらいが現実だろうと(それすら希望的観測だが)想定し、更に自分ができることは何だろうかと、出てきたグラフを眺めながらあれこれと想像する。一面楽しく、他方恐ろしい未来予測。残り30年、±10年の人生、ボクにはいったいどういう結末が待ち受けているのだろうか。

率直に言って、この20年間の2度のバブル崩壊、世界を揺るがす大事件、大惨事を乗り越えて、想定以上によく頑張ったと思う。それぞれの出来事に直面したとき、もうこれで終わりかと悲観したのは事実だが、それでもどうやって家計を維持するかを真面目に考え続けた結果、これからも何とかやっていく自信のようなものは出来たと思う。最善の想定には意味がなく、最悪の想定こそが人生で考える価値のあることだ。あたかもゲームのように、最悪を常に意識しながら、それでも楽観しつつ愉快に人生を送ること。決して短いとはいえないボクの人生観である。

2019年10月21日月曜日

今年は美術ファンにとっては空前の当たり年。

何しろ2月は「天皇陛下御在位30年記念事業」、5月は「改元慶祝事業」、10月は「即位礼正殿の儀記念事業」と、美術館の恒例行事に加えて3日も多く無料観覧日(常設展示のみ)が増えたわけですから。大盤振る舞いとはこのことです。

いつもなら節約でお茶と弁当持参で行くところ、無料観覧なので帰り道にカフェで一服という余裕も生まれます。そんなわけで、今年の美術鑑賞はいつになく贅沢気分を味わえました。これはもう、天皇陛下に感謝ですね。



記念事業日当日の西洋美術館や国立博物館の様子。予想はしていたものの、しっかりと美術ファンが詰めかけていました。



画像は、大好きなハマスホイにミロの大作。常設コレクションでも十分に堪能できますね。

加えて、今年は初めて銀座の画廊巡りに参加しました。画廊に行くのは好きなんですが、中には非常に入りにくいところもあり、こういう企画に乗じてふらふらと画廊巡りをするのもいいですよ。中には来訪者にワインを振る舞ってくれる画廊さんもあって、まるで居酒屋みたいな賑わいで、まあ初夏のお祭りみたいなものです。



さて明日は、今年3度目の大盤振る舞いの日。久しぶりに庭園美術館にでも行ってみようかな。


2019年10月20日日曜日

どっちがどっちなのか

「新型のスマホが出たら、型落ちした安いのを買うのがドイツ人」という笑い話があるそうな。当たり前にそうしたボクは、外見はともかく中身は丸っきりドイツ風。

5年前にiPhoneを手に入れて不満なくこれまで来たものの、ここにきて突如始まったキャッシュレス騒動。スマホを使ったコンタクトレス支払いを見せられ、このままでは世の中に置き去りにされると焦った。

とは言うものの、最新機種にはさらさら関心がないので、安くてちゃんと使えるなら旧機種でもノープロブレム。それに今使っているのと見た目も操作性も同じ方が、年寄り的には安心感もあるし。最新型は、それ自体がストレスなのだ。

そこで今秋iPhone6からiPhone8に乗り換えたのだが、あまりにも代わり映えしなくてちょっと残念。並べてみると、どっちがどっちなのか区別がつきにくい。少し重くて触ってつるりとした方が8、そうでないのが6。せめて色でも変えた方が良かったのかな。


でも、新しいiPhoneにクレジットカード情報を入れ、小売店でピコッとやって、ああ、これでやっと世間に追いついたという喜びには代え難い(笑。これからは現金もクレジットカードも携帯せず、あっちこっちでピコッとやりまっせ。

古いiPhoneはどうなったかというと、2度目の電池交換をして、毛嫌いしていたLine専用端末にした。持ち歩くつもりはないので、さしあたり固定電話代わりです。これで周囲の文句が減ればいいのですけど。

電池交換は、初回はおっかなびっくりでしたが、2度目は易々と。ちょうど2年半に一回の割合で交換したことに。それにしても、古くとも性能的にはまだ十分で、「ピコッ」のためだけに買い換えたのは無駄使いだったかもしれません。


さて次の5年後は、どういうスマホになるのやら。

2019年3月12日火曜日

椅子を見にいく

誕生日プレゼントは何がいい?と訊ねられ、ぼちぼち新しい椅子がほしいと答えた。
今の椅子はクッションが駄目になり、修理のため板を敷き直したもので、長く座っているとお尻が痛くなるのだ。


以前から気になっていた椅子があったので、ショールームへ見学に行った。
狭い部屋にはちょうど頃合いのサイズで、しかも長時間座っても疲れにくいデザイン。
この椅子、なんでもアメリカの超大企業の新本社に何千脚と納入されたという。つまり座り心地はお墨付きということ。
さらに材質や、塗装、シートの種類もいろいろ選べて、どのように組み合わせるか考えるのがまた楽しい。


お目当ての椅子は、もちろん気に入ったのだけど、周りに展示している椅子もいいんだなあ。小気味よいスツールも楽しいし、ゆったりとしたラウンジチェアも素敵だ。

オットマンに足を投げ出し、姿の美しい椅子に身を沈め、音楽を聴きながら酒を飲めたらどんなにいいだろうな・・・。

狭い我が家では、まあ見果てぬ夢なんですが。


2018年12月31日月曜日

マイクロ本棚


断捨離で多くの本が消え、自分の書斎と呼べる部屋がなくなった。後に残るは文庫本などの小型本と電子書籍など。さっぱりとした気分だが、なんだか殺伐としているじゃないか。そこで小さな本棚を作り、かりそめの書斎空間を作ることにした。

さっそくホームセンターに行って、余り物の木っ端を買い求めた。1木っ端30円のを4枚。これをL字に組み立て、瞬く間に2個のマイクロ本棚を作った。しかしこれだけでは本が倒れるので、背板のない片方に適当なものを挟んで、わずかに傾斜をつけた。

並べられるのはせいぜい10冊程度だが、それでも部屋の片隅に本棚があるだけで嬉しい。そして、本棚のそばに小さな照明を添えると、もはや書斎空間である。何というか、愛おしい空間だ。子供の頃、押し入れの隅っこに作った秘密小部屋を思い出す。

2018年8月15日水曜日

おとなのお絵かき


宅配便の品物を包んでいた大きな紙を一枚用意します。紙質に難ありだけど、ここに自分の未来を描きます。

最初に、将来が確定している事柄、たとえば自分や家族の年齢、人口動態などを横軸に記す。ほぼ確かだろうと思える社会問題も。縦軸は自分の体力、収入、資産等のリソースをあらわし、それがどのように変化するか書き込む。もちろんこのグラフは死に向かって右下がりに。次に、生活に必要なコストを、おおざっぱなイメージで書き込む。このグラフは70くらいまではダラダラと増加、そこを過ぎると90に向かって更に上昇するというイメージ。そのうえで、これから起きるであろう自分や社会環境の変化が、これらのグラフにどのような影響を与えるかを想像する。

たとえば後期高齢者になったら介護リスクが一気に高まるので、現実化すると家族の生活コストは2、3割以上は増加するだろう。最悪、夫婦ともに要介護者になったら、という想定も当然だ。生活コストのグラフは、その瞬間上方に飛び跳ねる。
しかしこの時点で収入を増やすことは不可能。国家財政の逼迫状況は悪化するだけなので、国からの給付は減ることはあっても、増えることはない。とすればそれまでに、元気な内にどれだけ余裕をもっておくべきかが重要になる。
後期高齢者入りするまでは、健康と十分な収入を確保して、その後は残った体力と財産を活用して90過ぎまで生活を維持するという未来が描けます。

それから横軸にはもう一つ、忘れてはならない大震災リスクがあります。世の中には、起きるかどうかわからない事柄を考えても仕方ないという、ある種の正常性バイアスにとらわれた意見もありますが、遅くとも30年以内というのが専門家の見立ててです。そうすると私の場合いやでも直面するということになりますが、さてどう対処したものでしょうか。

地図には、書き込んだ項目からさらに関連項目へ、また連想ゲーム的に思いついたことも書き込みます。レベルの異なる概念でも、気にせずに並列したってかまわない。重要なことは一枚の紙の上に書いて並べて眺めて、自分たちの置かれた状況を明確に把握することです。関連し合うものはマーカーで結びつけ、事実関係や論理関係を明らかにする。そうこうするうちに、自分の解決すべき課題は何なのかが、自然と浮かび上がってくると言う算段です。


大して楽しくない、おとなのお絵かきの話でした。

2018年8月12日日曜日

これから我が身に降りかかる、ほぼ確実にやってくる不都合な事態について

まずは、労働人口の加速的減少と高齢者人口の増大(2025年問題)。かねてから想定されたことなのに、社会にはそれに相応しい危機感の共有がない状況です。
つぎに現在進行中の気候変動、地震、とくに東南海地震はその物理的周期性から逃れることはできないのでかなり切羽詰まる深刻な事態。
最終的には日本の国力喪失で、地政学上の均衡が不安定となって安全保障が揺らぐ。ただし多国間の複雑な力関係なのでいかなる事態になるかは予測困難だし、そのころはすでに生きてはいない可能性大なので、個人的には気にしないでいいのかも。

以上予想しうる2つもしくは3つの不都合な事態に対して、せめて20年若ければ、選択肢として海外に新天地を求めることも可能性としてはあったのだけど、いまや夫婦ともどもに体力、知力の衰えすでに微かな兆候あり。自らの老齢化とともに、激変の大波を被ることを覚悟しつつ、とりあえず個人がなし得る対策はないかとない知恵を絞っている次第。
もちろん権力者や超富裕層と異なり、平凡な市井の人にできることは限られる。
実現すべき目標はささやか・・・。これからも変わらず、病気になったら適切な治療を受け、腹が空いたら食事が摂れて、空調の効いた部屋の快適なベッドで眠れることくらい。そのハードルは、意外に高いのかもしれません。

では、なにを、どうすればいい?
自分でできることから少しずつ考える。

まずは家族全員の健康を維持増進し、日常の生活能力を高めておくこと。つまり低コストで長期間(90年以上)健康に暮らせる環境を整える。
なぜなら少子高齢化はあらゆる場面で継続的なコストアップ要因になるので、個人の対応としては限りなく低コストの暮らしを追求せざるを得ない。
また、たとえお金はあっても必要なサービスが提供されないという不都合な事態が想定できるからです。
つまり人手不足で医者がいないとか、地域で商店がなくなり毎日の買い物ができないという状況が、現に人口過疎地で起きている問題が、将来は都市部でも普通になるということ。最近では人手不足で路線バスの運行本数が縮小している、バス賃が上昇しているという報道がありました。たかが引っ越しだって、人手不足で自由にできないという時代です。
とすれば暮らしに必要な多種多様のあらゆる技能を、誰もが身につける必要がある。生活全般のことを、当たり前に何でも自分でする、つまり「一億総セルフサービスの時代」が確実に到来します。

福祉社会というのは、困ったときには誰かに助けてもらえることの引き替えに、その膨大なコストを負担するために、逆に個人ができることは何でもしなくてはならない社会だ。それが証拠に、福祉国家といわれる国の人たちは家庭科教育をしっかりと受け、性別年齢を問わず家事全般何でもこなすというのが通例です。皮肉なことに、我が国も社会が切羽詰まって、ようやく他の先進国並みの福祉社会に到達するということなのです。

さらなる不都合。それは核家族化と長寿化に伴い、誰もが認知症や寝たきりになって介護を必要としているのに、誰もが家族の介護を単独で担うべき事態が到来しているのです。
すでに親子、夫婦間の老老介護は常態化して、さらには要介護者同士の介護すらあるといいます。
今でさえ介護家族の負担は大変なのに、要介護者が激増し、介護の人手不足が深刻化すると、ぼくらの社会はどうなるのだろう。
これからあと数年後の2025年、団塊の世代が全員後期高齢者入りして医療施設や介護施設を満杯にし、もはやその下の世代の施設介護は望めなくなることを想定すべきだ。
なにしろ後期高齢者の数が前期高齢者の倍にふくれあがり、そのような危機的状況が長期にわたり継続するといいます。特に三大都市圏では、人口比率からいって、その後の世代が同じ医療、介護サービスを受けられる余地がないのですから。

われわれがなすべきは、できるならば家族が認知症にならないよう健康管理に最大限気をつけ、今のうちから自宅介護に備えて人数分の資金を十分に蓄える、また互いに何でもできるように知識、技能を身につけておくことが最低限の準備です。

退職後は年金暮らしの気ままな隠居生活という昭和世代のあたりまえは、平成の時代が終わるとともになくなってしまった。つくづく亡くなった親父を羨ましく感じます。私たちは、二極化した分断社会の中、大部分の人が体が動くうちは、生活のための労働をしなくてはならないという新しい時代を迎えるのでしょうね。

「正常性バイアス」の罠

震災や水害など自然災害の発生時に、避難警告が出ていたのに、多くの犠牲者を出してしまったという事例が多い。どのケースも、少しでも過去の災害に関心があったら、直ちに行動すべきことが当然であったにも関わらず、である。もし警報が出たら、多少面倒でもとりあえず避難するという選択をすれば、ほとんどの人は助かっていたはずなのです。

その原因として、人が「正常性バイアス」という心理傾向にとらわれることが指摘される。緊急事態が到来しているのに、たいしたことはないだろうと自分に都合よく事態を過小評価し、現状維持を選択する行動である。今この瞬間、自分の生命が危ないとリアルに感じられるなら誰だって逃げるのだが、危難に直面するまでわずかでも空間的時間的な余裕がある場合、その場で目や耳を塞いで安心しようとするのが、ごく当たり前の人の習性なのです。

私たちが、これら過去の事例から学ぶべきは、いかにすれば人の習性である「正常性バイアス」から逃れるか、それに尽きるといってもいい。

私の実践している方法は次のようなことです。
前提として、誰かが助けてくれるだろう、なんとかしてくれるだろうという、他人依存的な思い込みは捨てる。すでに老人ばかりの社会、緊急時は誰の救援もないというのが前提です。

そのうえで、自分や家族に降りかかる危難を想定して、どうすれば避難できるかを事前に考えておく。避難のシミュレーションである。たとえば普段から立ち入る地域のハザードマップを調べておき、その危険度を確認するなど。いざという時、どこに駆け込むべきかを把握しておく。

日頃から、今ここで突発的に緊急事態が発生したとき、どうすればベストなのかを習慣的に意識する。意識過剰と思われるだろうが、電車の先頭車両には乗らないとか、交差点で安全な立ち位置を考えるとか。毎日報道される事故や事件を聞き流さず、当事者意識を強く持つということを心がけます。外面的には些細な行動だけど、えてして生死の境目はそういうことで変わってくる。

準備すべき装備は、ひとつ残らず十分にストックし、いつでも使える状態にしておき、定期的にチェックしておく。きちんと準備しておけば、いざというときパニックにならず、冷静に対処できるだろうと考えるからです。
先の大阪の地震後、すぐに防災チェックをしたところ、家具の転倒防止策が不十分だということに気づき、慌てて転倒防止器具を追加注文しました。ところが皆さん一斉に行動したようで、数ヶ月先まで手に入らない状況になっています。防災準備は大勢が行動し始めると、すでに手遅れなのかもしれません。

この程度のココロとモノの準備であっても、何か突発的な事態が生じた場合に、「正常性バイアス」による思考停止を避け、割と淡々とシミュレーションどおりの避難行動に移れるようです。
7年前の原発事故の際は、避難の必要性を考える前に、まずガソリンスタンドに直行して避難態勢を整えたことが、その後の心理的な余裕につながりました。実はそれ以前、震災による原発事故は御前崎で起きるだろうと考え、もしもの時はまずはクルマに給油しようと計画していたのです。翌日から近隣のガソリンスタンドでは給油のための大渋滞が起き、給油したくてもできない状況に陥りました。


さて、ここまで書いた自然災害、その他の危難に対する備えは子供でもできるし(「釜石の奇跡」と呼ばれる子供たちの避難行動など)、むしろできていない方がどうかしているくらいのレベルです。
難しいのは、社会全体の規模で起きている変化が、それが確実なのは間違いないのに、いつどのように自分や家族に深刻な影響を与えるのか、もしかすると社会のあちらこちらにすでに兆しがあり、それに呼応するように避難警報といえるような情報が出ているとき、どうやってそれを的確に捉え、対する準備を実行するか。
目前まで迫っている社会的危難に対して、強固な「正常性バイアス」の罠を振りほどき、社会がスローパニックを起こし一斉に動き始める前に行動すること、ここが一番難しいことなんだと思います。
例えば、石油ショックのパニック、平成の米騒動、そして先の震災時の放射能パニック。日本人は自分で考えず、一斉に他人の行動に盲従する癖があります。それが不必要に大きな混乱を呼び、さらに被害を拡大します。
だからこその準備です。

自分にとっては、年齢的にいって、残された時間はもうありません。
貴重な夏休みの時間を使い、真剣に答えを出そうと思います。