
父の書斎を整理していたら、古いパスポートが出てきた。深緑の革表紙、金箔文字で公用と表記されている。まだ海外旅行が一般的でなく、発行される旅券もわずかであった頃のものだ。中に貼られたモノクロの写真には、若い父が緊張気味の表情でレンズを睨んでいる様子が写っていた。
戦後の荒廃から立ち上がり、国際社会に復帰した日本のパスポートを手に、父は公務を遂行するため世界を回った。しかし彼の地で、いかなる体験をし、どういった感動を受けたのか、わたしは最後まで話を聞くことがなかった。ただ、少年の頃、わたしにとっては父は厳しく怖い存在だったが、それと同時に、ずっと憧れて誇りに思っていた人だった。しょせんは父と息子、それほど開けっぴろげな関係にはなれないが、そのあたりのこと、なにかの折に伝えておけばよかったと思う。
立派なお父様だったのですね。
返信削除父親というのは最も近い存在でありながら、その人生に関しては知らないことばかりなのだなあと、最近ふと思います。
今のうちに話を聞いておきたいという気持ちはあるものの、面と向かって人生の話というのも照れくさく、いまだなかなか切り出せずにいます。
私も同感。父が鬼籍に入ってかなり経ちますが、もし健在だったとしても、面と向かって若い頃の話や、まして母親とのなれそめなどこっ恥ずかしくて聞けません。考えてみれば、人ひとりの貴重な経験を子にさえも正確に伝えられずに死んでいくのですから、誠にもったいないなぁと思うと同時に、男というのは実に淋しい存在だなぁと思います。
返信削除umeさん、こんばんは。
返信削除お父上、ご健在でいらっしゃるのですね。
ならば時には、晩酌に付き合われては如何でしょう。
きっと上機嫌で、ポロリと昔話など披露されるかもしれません。
ギャンブラーさん
返信削除父は家族を戦争で失い、戦後の混乱期に独り立ちし、家族のため黙々と働いた、典型的な昭和ヒトケタ世代の男でした。
それが山口瞳の描いた江分利満氏の姿とダブって見えます。
確かギャンブラーさんのお父上とは同世代だったように記憶していますが。