2011年6月27日月曜日

隠れた、もうひとつの高齢化問題


このごろ公共施設の老朽化が目につく。すでに建て替え時期を迎えているはずだが、修繕計画すら立たない様子の施設も多い。今回の巨大地震で、上下水道に壊滅的な被害が出た地域がある。これらはどのように復旧させるのだろう。財政難のおり、予算の手当はつくのだろうか。少子化のあおりで学校の統廃合が進み、廃校になった校舎が放置されている。都会なら他に活用する途があるだろうが、地方都市ではどうなのだろう。そしていったいこの先、日本のインフラはどうなるのか。

そういうとらえどころのない、もやもやとした疑問に答える本、「朽ちるインフラ」を読んだ。おおざっぱに書くと、日本中のもろもろの公共の設備、いわゆる社会資本は急速に老朽化しつつあり、その崩壊を防ぐためには莫大な費用がかかる。社会資本を維持するための更新投資額は、今後50年間に330兆円にのぼり、年間8兆円以上が必要になるという。突発的な地震災害などを考慮しない、自然に朽廃するケースだけでこの数字である。半世紀以内に確実に起きるであろう大地震を想定すると、その費用は国家を破綻させるに十分なスケールだと感じる。

日本の国土は急峻で山や川が多く、人々は限られた土地に密集して暮らしている。だから道路やトンネル、橋がなくては暮らしていけない。むろん産業だって成り立たない。しかし道路や橋は確実に老朽化し、もし放置すれば遠からず利用不可能となる。そういう意味で、社会資本の更新投資は、国民の生活に不可欠の、絶対に避けては通れない重大な問題である。

分譲マンションに暮らしていた頃、数年に一回は水道管の錆を取るための工事が必要だった。また外壁のタイルが落下しないよう、定期的な検査をしていた。エレベーターの点検、細かな部品やロープの交換も。入居10年目には、足場を組んで大修繕を行った。それを実行するための資金手当が大変で、住民によほどのマネジメント能力がなければマンションの維持は容易でないと痛感した。ときおり廃墟のようになったマンションを目にするが、おそらく住民が高齢化して、修繕資金が捻出できなくなったのだろう。その光景は、これからの日本のインフラの行く末を暗示する。

本書が指摘するのは、何よりも数字を把握することが大切であるという点だ。老朽化が進むインフラの数、耐用年数、修繕維持に必要なコストなど。これらの数字を国民に認識させ、限られた予算で如何にしてインフラを維持するか、官民が相互に知恵を出し合うことが大切だと。常識的で真っ当な指摘だが、それはこの国の政治能力では極めてハードルが高い。社会の高齢化問題ですら対応に失敗したのに、ましてやインフラの老朽化問題まではとても手が回らないと思う。

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