午睡の街


露天風呂に浸かってきた。まだ蚊の出現しない、入梅前の、日差しの明るいこの時期は、読書しながら半身浴を楽しむのには最高の季節。温泉の点在する林の中は鳥のさえずりでうるさいくらいだが、温かい微風と木漏れ日に包まれ、ぼんやりと湯に浸かっていると、すべてのことが許せる気分になる。ご苦労さん自分、ってやつだ。

温泉に持ち込んだ本は、ラフカディオ・ハーンの「日本の面影」。100年以上も前の日本の印象が綴られている本だが、現代人の我々からすると、この世に存在しない惑星を描いたSF小説を読んでいるようだ。もちろん多少の誇張もあるだろうが、しかし「妖精の住む国」と形容したハーンの日本への愛情は偽りのないものだったのだろう。

宿に泊まった翌日は、紫陽花を見に下田まで足を伸ばす。観光シーズンとはいえない時期のせいか、街はひっそりと静まり返っていた。たまにすれ違う人たちも、カメラ片手の年配の観光客くらい。みんな誰かに遠慮するように、小声で会話しているのがちょっと変。それでも他の地方都市と比べれば、観光客が来る分だけ、ずっと活気があるといえる。

紫陽花の群生する小高い丘に登り、穏やかな入り江と昼寝をしているような古い街を眺める。時折風の向き加減で、不意に調子外れの紫陽花音頭が聞こえてくる。どうと言う訳もなく、なんだか蜃気楼を見ているようで、無性に侘しくなるのだ。

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