2009年11月8日日曜日

革手袋

学生の頃から愛用していたスウェードの手袋が駄目になって、近所のユニクロに代わりを探しに行った。何種類かあった手袋をチェックしてみたが、どれも安いことには安いのだけど、それを人前に晒すには少々抵抗を感じる品質だった。もちろん実用性には問題ないのだろうが、革製品というものは趣味性が強いため、あまり割り切ったものを身につけていると都合の悪いこともある。特に手袋のように、人の目につきやすい小物は、それなりに気を遣った方がいい。

時々、カバンはとんでもない高級品を持っていながら、同時に手袋は貧相なものを身につけている女性がいるが、それはやっぱりバランスが悪いと思う。男性の場合でも、高価な時計と安物の靴という組み合わせにもよく出くわす。しょせんは趣味の問題とはいえ、どうせ同じお金を使うなら、その逆の方がよほど格好よく見えやしないだろうか。同じ消耗品でも、時計やカバンなんかより、大人にとっては手袋や靴といった革製品のほうがずっと大切だと思うのである。

ちょっと以前のものだが、ニューヨークのストリートギャングを描いた「ウォリアーズ」という映画があった。その中で地下鉄に乗ったチンピラの女の子が向かいに座っていた中産階級の女の子の靴を見て、思わず自分のみすぼらしい靴を引くという、とても切ないシーンがあった。この映画の中でも特に印象的なシーンなのだが、ただの靴が、いかに社会的な地位を象徴しているかが分かる部分だった。

結局わたしは、割り切った印象のあるユニクロの手袋は買わなかった。それを身につけるくらいなら、いっそ素手の方がましだろうと感じたからだ。ただ、それでは辛い日もあるので、気に入った手袋が見つかるまではアウトドア用の手袋でやり過ごそうと考えている。写真は、かれこれ20年近く使っている革手袋。何年かに一度は、専用シャンプーで洗い、ミンクオイルを補給して手入れしている。車やバイクの運転時にはめたり、日曜大工や料理の際にも使える優れものである。そうはいっても、特別におしゃれをする日には、それに見合った手袋が必要であるのは、むろん言うまでもない。

2009年11月4日水曜日

月夜の散歩


日が暮れて、夕食の買い物を兼ねて妻と散歩する。外に出ると冷え冷えとした空気が頬をなで、そして低い町並みの上に、輝くように美しい月が出ていた。線路脇に咲いているキバナコスモスが、明るい月の光を浴びて花を揺らしている。「きれいだね」、「うん、ちょっと怖いくらい」。ちょうど道をすれ違った若いカップルが、やはり同じように月の話をしながら通り過ぎていった。その瞬間、心のシャッターが静かに切れた。どうあがいても、2度と体験することのないこの一瞬、記憶の中で次第に薄れ、流れていくこの時間を、わたしは幾分悲しい気持ちで見送った。

なぜ繰り返し同じ映画を観るのか。そこには、捕まえたくとも叶えられない永遠の一瞬が、鮮やかに記録されているからだ。それは架空の一瞬であるにせよ、わたしの記憶の中では確かに存在した時間である。映画を観ることで、自分の人生の一部となった時間が、繰り返し再現されるからである。たとえば「お早う」のエンディングで、佐田啓二と久我美子が駅のプラットホームから冬の空を見上げて会話するシーンに魅入られて、そのためだけにこの映画を何度も観た。劇中で二人が見ている冬の空を、同時にわたしもまた満たされながら見ている。わたしにとっての映画を観る喜びは、そこに尽きるのである。

2009年11月3日火曜日

私的通信革命史

予定していた旅行の日程がほぼ決まり、この数日はホテルの予約作業を行っている。もちろん、すべてEメールでの通信なので、打てば響くという感じでサクサクと用件が済む。しかし10年くらい前までは、ファクシミリでのやり取りも普通で、お互いに今よりずっと暢気に構えていて、ホテルに予約の申し込みをしても、直ぐに返事が来るとは期待していなかった。申込みをしてから数日後の深夜、こちらがようやく寝た頃に、いきなり電話が鳴り響き、夢うつつでファクシミリの受信音を聞きながら、やれやれという感じで再び寝入ったものだ。

確かにEメールは便利なのだが、わたしは未だにファクシミリの方が安心できる。というのも、まったく見知らぬ相手がどういう人なのか知りたいという時に、ファクシミリの手書きの文章から、結構色々な事柄が読み取れるからである。殴り書きの文章より、丁寧で美しい文字を書く人の方が、やっぱり誠実な人柄が滲み出るものである。だが、国際電話の料金を考えると、やはりEメールが好まれるのは当然である。

ずっと以前、わたしが就職した頃はまだテレックスというものがあり、タイプライターのような端末で、料金節約のために単語を縮めた電報文のようなやりとりをしていた。そして毎晩、10時を過ぎる頃から海外からの情報が入りだすので、その前にテレックス専用紙をセットして退社するのが日課だったと記憶している。しかし、それも僅か数年で終わり、すべてファクシミリ通信に置き換わってしまった。さて今はどうなっているのだろうかと好奇心で調べてみると、5年ほど前にテレックス通信は廃止されていたことが判明した。不便な割に、テレックスは意外に長い寿命を保っていたのである。

大昔、遣隋使や遣唐使の時代には、手紙のやり取りに何年も掛かっていたという。そして命がけだった。近代に入り、国際郵便が整備された頃でも、船便で数ヶ月掛かっていた。しかし、そこからの進歩は驚くべきものだった。たった50年ほど前は、電話がない家も珍しくはなかったのに、今は町中を歩きながらでも、ポケットから名刺入れほどの携帯電話を取り出し、何千キロと離れた人と会話するのもありふれた光景である。このわずか4分の1世紀程度で、私たちは、ほとんどお金を掛けることもなく、瞬時に情報交換が出来るようになった。これまでの長い歴史を振り返ると、私たちは文字通り情報革命のまっただ中で暮らしている。そのような変化を、当たり前のように自然に受け止めていたが、よく考えると、本当に凄い時代に生きているのである。

2009年11月1日日曜日

素白の随筆

京急は、これまでほとんど縁のない電車だったが、羽田空港行きが出来てからは頻繁に利用するようになった。品川付近の高架を走る車窓からは、多くの寺や墓地が密集しているのが見え、東京という現代都市の中で、そこだけ取り残されたかのような違和感のある空間が広がっている。それは昔、鮫洲の運転試験場に行ったときにも強く感じられ、駅前から続く狭い道の両側に代書屋が軒を連ねて盛んに客引きをするようすが、どこか地方の温泉町を連想させる光景だった。鮫洲の街は、自分の知っている東京ではなく、どこか別の時代の、奇妙で不思議な空気を感じさせる場所だった。

岩本素白の随筆集「東海道品川宿」を読むと、その奇妙で不思議な空気の理由が察せられる。ここは明治のはじめまで江戸の境界にあって宿場町として栄え、その陰には女郎屋があり投げ込み寺があり、歌舞伎や落語で語られるような様々な人生の悲喜劇が見られた場所だったのである。素白は、ここで少年期を過ごし、卓越した記憶をもとに当時の品川宿の暮らしや風俗を詳細に描いている。本書を読んでいると、品川宿の記憶が蜃気楼のように立ち上がり、現代と過去が二重写しに見えてくる気がする。たとえばローマのように歴史が物理的に露わになっているのとは違い、品川宿は表面上の痕跡をとどめていないからこそ、むしろ土地の湿気やニオイに敏感になる。隠されているから、隠れたものに気づくのである。

岩本素白は、知る人ぞ知る名随筆家である。残念なことに寡作の人であったらしく、現在入手できる作品は意外なほど少ない。しかし、そのどれもが「珠玉」という表現に相応しく、まさに人生の友として読み継がれるべき随筆である。久々に読書の喜びを与えてくれた本として、この読書の秋に、素白の最高傑作と言われる「東海道品川宿」を強く推したい。

2009年10月10日土曜日

日曜大工

ずっと以前に、衣類や小物を掛けるために作ったハンガー。使っていないときでも、見た目に美しく、楽しいものになるようにと、できるだけスリムで格好いい外観に仕上げた。数年ごとにペンキの塗り直しをするためか、次第に深みのある渋い光沢を放つようになり、先日訪ねてきた客はそれを見てアート作品と錯覚したそうである。デザイン系日曜大工作家(笑としては、それは最高の誉め言葉なのだ。




そして、先月の連休中に作った新ハンガーが左の写真。自室に置くものなので、前作のデザインを踏襲しつつも若干の手直しをした。両サイドの支柱に厚みを持たせ、仮に重いものを掛けても大丈夫なように。しかし頑丈にすると、それだけ野暮ったくなるので、段の位置を全体に上げて、ちょっと腰高の軽快さを演出してみた。当初の予定では天井近くまで届くものを考えたが、2メートル以上の材木は加工が大変なうえ、コストも嵩むことが判明してあえなく断念する。結局、サイズは前作とほぼ同じだが、「男の道具」というようなやや硬派の雰囲気のあるハンガーが出来上がった。


塗装はまだだが、部屋は会計事務所みたいに素っ気ないので、アクセントにするため活気のある色にしようと思っている。できればトマトソースみたいな、食欲のわくようなイタリアンレッドがいい。しかし、塗料の配合がつかめなのでしばらくお預けである。楽しみは、もう少し後まで取っておきたい。

2009年10月2日金曜日

丸より四角


肌寒く感じる夜が増えてきた。冷たい料理よりも、熱々のグラタンが欲しくなる季節だ。素材は何でも良い。店で目についた旬の野菜を適当に選んで、作り置きのソースと混ぜてオーブントースターでチンするだけ。新鮮さと温度がご馳走の料理である。

ところがだ、グラタンを料理する際に、これまで深刻な問題があった。丸い皿がオーブントースターに一度に一つしか入らないのである。そして、1枚目を高温で熱すると、2枚目の皿からはサーモスタットが働き、十分な加熱ができなくなる。時間をかけてようやく2枚目が焼ける頃には、すでに1枚目が冷えてしまっている。実に不幸せだ。

で、何とかならないかと無い知恵を絞って考えたのが、四角い皿を探して、並べて同時に2枚焼けるようにすること。しかし、ただでさえ庫内の狭いトースターである、二つ同時に並んで、かつ最大限のサイズの皿は、世の中にそうあるものではない。ところが、たまたまバーゲンセール中の店頭で発見したのが写真の皿なのである。大きさを測ってみると、実際に試してみないと判断がつかないくらい微妙だったが、駄目で元々の気持ちで買って帰った。

そして、オーブントースターに恐る恐る突っ込んでみると、なんと2枚の皿は一分の隙もなく、ぴったりと収まった。文字通り、ぴったり。それ以来、いつも二人同時に、熱いグラタンを楽しめるようになった。幸せを取り戻した気分であることはいうまでもない。

2009年9月27日日曜日

バー・ラウンジにて

仕事が終わり、ちょっと一杯呑んで帰ろうと、久しぶりに日比谷公園そばのホテルに入った。いつもならば混雑して慌ただしい時間のはずだが、その夜は不思議なくらいひっそりとしていた。広いラウンジには、客がまばらにしか座っておらず、思わず従業員に「今夜はずいぶんと静かですね。」と話し掛けると、「ええ、連休の翌日だからでしょうか。」という返事があった。日本の表玄関ともいえるホテルにして、このありさまだ。ラウンジに控えめに響くピアノ演奏を聴きながら、一昔前の活況が無性に懐かしく思えた。

先日の選挙で劇的な政権交代が起こり、わたしはこの国を諦め始めている。「捨てる」などという気持ちは更々ないが、ただ、手を携えて頑張ろうという気持ちが薄れているのは確か。どうぞいつまでも勝手に騒いでください、わたしはわたしで粛々と手を打ちます、という気分である。責任世代がそんな心構えでは駄目なのだが、力のない一個人では世間の流れには抗しきれないものだ。

最近、「日本人はどこまで減るか」という本を読んだ。これによると、人口減少の流れは止められないし、少子化対策は期待されるような効果はない。人口ピラミッドを前提とした社会制度は崩れ、新しい人口構造に見合った社会を構築しなくてはならないという結論。常識的に、そう思う。人口のサイズや構成は否応なく変化するのだから、余力のあるうちに、先手を打ちながら社会を改革すべきだった。変化に耐えうるのは若い間だけで、老人になってからでは苦痛でしかない。避けようのない変革の青写真を示さなかった政党に、国民がこの国の舵取りをゆだねたのは、いかにも時期が悪かったのではないか。そして、これが衰亡の歴史が辿る必然なのかもしれないと感じる。

昭和の雰囲気を色濃く残したバー・ラウンジは、岩陰に潜むようにして、疲れを癒すには最高の場所である。洗練された空間と、ピアノの演奏、一杯のスコッチで、千円ちょっとの贅沢が楽しめる。そういえば去年の今頃、ホテルのバーに通う総理大臣を、庶民感覚に無理解と非難していたのは誰だっけ。それを言っていた人間も、きっと庶民の生活すら経験したことがないのだろう。

2009年9月20日日曜日

連休に思う

過ごしやすい季節になり、ようやく仕事のペースも上がってきたところで、絶妙のタイミングでまた連休である。五月の連休もそうだけど、正直なところ無駄に休日が多すぎると感じる。今度の連休だって、迷惑に思う人も意外に多いのではないだろうか。

休みを取るのは結構なことだが、それはあくまで個人の判断によるべきで、よそから強制される筋合いではないと思う。みんな一緒に働いて、みんな一緒に休みましょうなんて、地球が真っ平らになった今では時代遅れの風習である。だから、祝日を休日とするのを止めて、代わりに国民が自分の都合のいいときに休める権利を、確実に保証する制度を作るのはどうだろう。そうすれば、意味のない休みを取らなくてすむし、細切れの休日をまとめて有意義に使えるではないか。連休の度に、無駄に時間やお金を浪費して、そのあげく疲れ果ててしまう人たちを見ていて、いつもそう思うのだ。効率のいい、環境に優しい社会を作りたいなら、新政権はそのあたりから手をつけたらどうだろう。

さて、私にとって否応なしの連休だが、例によって読書と料理と掃除と日曜大工に当てるつもり。これだけでも結構忙しいが、それに加えて、やっと実現の運びとなった2ヶ月先の旅行の準備もしなくてはならない。行きと帰りの航空チケットは押さえたので、あとはどこをどう巡るかを決めるだけ。行き先は大陸の端っこの田舎なので、交通が不便で言葉も馴染みがなく、色々と悩むことが多い。それもまた、旅行の楽しみと言えるのだけど。

2009年9月17日木曜日

飛行機

人生とか家庭を、船にたとえることがある。平均的には、夫が船長で妻が機関長?、子供は乗組員だろうか。そして家族が一致団結して、世間の荒波に負けずに航海を続ける船が、人生のイメージである。

私は、これとはちょっと違うイメージを持っている。それは、決して着陸することのない飛行機なのである。それも、現代的なジェット機ではなく、双発のプロペラの古い型のもの。

何しろ飛行機だから、常にプロペラを回し続けなくては、墜落の危険と背中合わせだ。できるだけ機体を軽くするため、乗務員も手荷物も最小限にする。高度は高く保たなければ、山の斜面に激突したり、乱気流に巻き込まれるだろう。だからなるべく高いところを飛んで、遠くの地形を注意深く観察しながら、安全な旅を続けたい。

船の場合は、かりに航海中に燃料が切れても、食料の蓄えがあればとりあえず大丈夫だろうし、運がよければ救助してもらえるかもしれない。が、飛行機ではそうはいかない。誰も助けられないのだから、燃料切れはもとより、些細な不注意も許されないだろう。だから、燃料はいつも十分に準備するべきだし、ヘマをしないように常に緊張感を持って操縦しなくてはならない。

むろん、人生のイメージとしては船の方がいいに決まっているが、実際の感じは飛行機のほうが近いと感じる。時間に追われ、稼ぎに追われて、バランスを崩して墜落しないように、懸命に操縦桿を握っている。時々だが、自分の姿をそのように想像するのだ。

経営再建中のJALを見ていると、あの人たちは決して沈まない船に乗っていると勘違いしていたのではと思う。多少傾いても沈没するわけないし、燃料が切れたら誰かが持ってきてくれると妄信していたのか。しかし外部から見ている限り、日の丸を背負った巨大航空会社といえども、嵐の中を飛ぶ古びたプロペラ飛行機にしか見えなかった。健全な経済法則に従う限り、世界の空から一度退場させるのが、もっとも自然な処置だと思う。そして、この国に、緊張感のある政治を取り戻すためにも、必要なことなのだ。

2009年9月2日水曜日

居酒屋にて

今夜は行きつけの居酒屋で、地球を半周分する楽しい話を聞かされ、それでは、地球の果てのどこかの飲み屋でご一緒しましょうという約束をする。通常ならば、孫の話で盛り上がりそうな年代の、しかしどう見ても永遠のプレイボーイにしか見えないおっさんに、男として限りないエールを送る。男の色気というのは、やっぱり無限の煩悩から醸成されるのだね。

そして私の隣のもう片方には、世界的名優が座っておられて、お互いこの店だけの十年来の顔見知りだが、いつも黙礼するだけの間柄。馬鹿話の輪に加わっていただこうかと思いつつ、もしかすると一人で心地よく飲む酒の邪魔になるのではと、いつも声をお掛けするのを遠慮している。伝え聞くところによると、人見知りする性格だが、実際はほんとうにお馬鹿なおっさんだとか。お先に失礼、との声で見送ると、これから昆虫採集でも始めるのではという格好。闇夜にサングラスで、お宅まで無事に帰れるのだろうか。

呑むのがいいことだとは無条件には思わないけど、その引き替えにすること以上に実り豊かな人生も用意されているような気もする。まっ、人生色々ということで、今夜はお休みなさい。