2019年10月21日月曜日

今年は美術ファンにとっては空前の当たり年。

何しろ2月は「天皇陛下御在位30年記念事業」、5月は「改元慶祝事業」、10月は「即位礼正殿の儀記念事業」と、美術館の恒例行事に加えて3日も多く無料観覧日(常設展示のみ)が増えたわけですから。大盤振る舞いとはこのことです。

いつもなら節約でお茶と弁当持参で行くところ、無料観覧なので帰り道にカフェで一服という余裕も生まれます。そんなわけで、今年の美術鑑賞はいつになく贅沢気分を味わえました。これはもう、天皇陛下に感謝ですね。



記念事業日当日の西洋美術館や国立博物館の様子。予想はしていたものの、しっかりと美術ファンが詰めかけていました。



画像は、大好きなハマスホイにミロの大作。常設コレクションでも十分に堪能できますね。

加えて、今年は初めて銀座の画廊巡りに参加しました。画廊に行くのは好きなんですが、中には非常に入りにくいところもあり、こういう企画に乗じてふらふらと画廊巡りをするのもいいですよ。中には来訪者にワインを振る舞ってくれる画廊さんもあって、まるで居酒屋みたいな賑わいで、まあ初夏のお祭りみたいなものです。



さて明日は、今年3度目の大盤振る舞いの日。久しぶりに庭園美術館にでも行ってみようかな。


2019年10月20日日曜日

どっちがどっちなのか

「新型のスマホが出たら、型落ちした安いのを買うのがドイツ人」という笑い話があるそうな。当たり前にそうしたボクは、外見はともかく中身は丸っきりドイツ風。

5年前にiPhoneを手に入れて不満なくこれまで来たものの、ここにきて突如始まったキャッシュレス騒動。スマホを使ったコンタクトレス支払いを見せられ、このままでは世の中に置き去りにされると焦った。

とは言うものの、最新機種にはさらさら関心がないので、安くてちゃんと使えるなら旧機種でもノープロブレム。それに今使っているのと見た目も操作性も同じ方が、年寄り的には安心感もあるし。最新型は、それ自体がストレスなのだ。

そこで今秋iPhone6からiPhone8に乗り換えたのだが、あまりにも代わり映えしなくてちょっと残念。並べてみると、どっちがどっちなのか区別がつきにくい。少し重くて触ってつるりとした方が8、そうでないのが6。せめて色でも変えた方が良かったのかな。


でも、新しいiPhoneにクレジットカード情報を入れ、小売店でピコッとやって、ああ、これでやっと世間に追いついたという喜びには代え難い(笑。これからは現金もクレジットカードも携帯せず、あっちこっちでピコッとやりまっせ。

古いiPhoneはどうなったかというと、2度目の電池交換をして、毛嫌いしていたLine専用端末にした。持ち歩くつもりはないので、さしあたり固定電話代わりです。これで周囲の文句が減ればいいのですけど。

電池交換は、初回はおっかなびっくりでしたが、2度目は易々と。ちょうど2年半に一回の割合で交換したことに。それにしても、古くとも性能的にはまだ十分で、「ピコッ」のためだけに買い換えたのは無駄使いだったかもしれません。


さて次の5年後は、どういうスマホになるのやら。

2019年3月12日火曜日

椅子を見にいく

誕生日プレゼントは何がいい?と訊ねられ、ぼちぼち新しい椅子がほしいと答えた。
今の椅子はクッションが駄目になり、修理のため板を敷き直したもので、長く座っているとお尻が痛くなるのだ。


以前から気になっていた椅子があったので、ショールームへ見学に行った。
狭い部屋にはちょうど頃合いのサイズで、しかも長時間座っても疲れにくいデザイン。
この椅子、なんでもアメリカの超大企業の新本社に何千脚と納入されたという。つまり座り心地はお墨付きということ。
さらに材質や、塗装、シートの種類もいろいろ選べて、どのように組み合わせるか考えるのがまた楽しい。


お目当ての椅子は、もちろん気に入ったのだけど、周りに展示している椅子もいいんだなあ。小気味よいスツールも楽しいし、ゆったりとしたラウンジチェアも素敵だ。

オットマンに足を投げ出し、姿の美しい椅子に身を沈め、音楽を聴きながら酒を飲めたらどんなにいいだろうな・・・。

狭い我が家では、まあ見果てぬ夢なんですが。


2018年12月31日月曜日

マイクロ本棚


断捨離で多くの本が消え、自分の書斎と呼べる部屋がなくなった。後に残るは文庫本などの小型本と電子書籍など。さっぱりとした気分だが、なんだか殺伐としているじゃないか。そこで小さな本棚を作り、かりそめの書斎空間を作ることにした。

さっそくホームセンターに行って、余り物の木っ端を買い求めた。1木っ端30円のを4枚。これをL字に組み立て、瞬く間に2個のマイクロ本棚を作った。しかしこれだけでは本が倒れるので、背板のない片方に適当なものを挟んで、わずかに傾斜をつけた。

並べられるのはせいぜい10冊程度だが、それでも部屋の片隅に本棚があるだけで嬉しい。そして、本棚のそばに小さな照明を添えると、もはや書斎空間である。何というか、愛おしい空間だ。子供の頃、押し入れの隅っこに作った秘密小部屋を思い出す。

2018年8月15日水曜日

おとなのお絵かき


宅配便の品物を包んでいた大きな紙を一枚用意します。紙質に難ありだけど、ここに自分の未来を描きます。

最初に、将来が確定している事柄、たとえば自分や家族の年齢、人口動態などを横軸に記す。ほぼ確かだろうと思える社会問題も。縦軸は自分の体力、収入、資産等のリソースをあらわし、それがどのように変化するか書き込む。もちろんこのグラフは死に向かって右下がりに。次に、生活に必要なコストを、おおざっぱなイメージで書き込む。このグラフは70くらいまではダラダラと増加、そこを過ぎると90に向かって更に上昇するというイメージ。そのうえで、これから起きるであろう自分や社会環境の変化が、これらのグラフにどのような影響を与えるかを想像する。

たとえば後期高齢者になったら介護リスクが一気に高まるので、現実化すると家族の生活コストは2、3割以上は増加するだろう。最悪、夫婦ともに要介護者になったら、という想定も当然だ。生活コストのグラフは、その瞬間上方に飛び跳ねる。
しかしこの時点で収入を増やすことは不可能。国家財政の逼迫状況は悪化するだけなので、国からの給付は減ることはあっても、増えることはない。とすればそれまでに、元気な内にどれだけ余裕をもっておくべきかが重要になる。
後期高齢者入りするまでは、健康と十分な収入を確保して、その後は残った体力と財産を活用して90過ぎまで生活を維持するという未来が描けます。

それから横軸にはもう一つ、忘れてはならない大震災リスクがあります。世の中には、起きるかどうかわからない事柄を考えても仕方ないという、ある種の正常性バイアスにとらわれた意見もありますが、遅くとも30年以内というのが専門家の見立ててです。そうすると私の場合いやでも直面するということになりますが、さてどう対処したものでしょうか。

地図には、書き込んだ項目からさらに関連項目へ、また連想ゲーム的に思いついたことも書き込みます。レベルの異なる概念でも、気にせずに並列したってかまわない。重要なことは一枚の紙の上に書いて並べて眺めて、自分たちの置かれた状況を明確に把握することです。関連し合うものはマーカーで結びつけ、事実関係や論理関係を明らかにする。そうこうするうちに、自分の解決すべき課題は何なのかが、自然と浮かび上がってくると言う算段です。


大して楽しくない、おとなのお絵かきの話でした。

2018年8月12日日曜日

これから我が身に降りかかる、ほぼ確実にやってくる不都合な事態について

まずは、労働人口の加速的減少と高齢者人口の増大(2025年問題)。かねてから想定されたことなのに、社会にはそれに相応しい危機感の共有がない状況です。
つぎに現在進行中の気候変動、地震、とくに東南海地震はその物理的周期性から逃れることはできないのでかなり切羽詰まる深刻な事態。
最終的には日本の国力喪失で、地政学上の均衡が不安定となって安全保障が揺らぐ。ただし多国間の複雑な力関係なのでいかなる事態になるかは予測困難だし、そのころはすでに生きてはいない可能性大なので、個人的には気にしないでいいのかも。

以上予想しうる2つもしくは3つの不都合な事態に対して、せめて20年若ければ、選択肢として海外に新天地を求めることも可能性としてはあったのだけど、いまや夫婦ともどもに体力、知力の衰えすでに微かな兆候あり。自らの老齢化とともに、激変の大波を被ることを覚悟しつつ、とりあえず個人がなし得る対策はないかとない知恵を絞っている次第。
もちろん権力者や超富裕層と異なり、平凡な市井の人にできることは限られる。
実現すべき目標はささやか・・・。これからも変わらず、病気になったら適切な治療を受け、腹が空いたら食事が摂れて、空調の効いた部屋の快適なベッドで眠れることくらい。そのハードルは、意外に高いのかもしれません。

では、なにを、どうすればいい?
自分でできることから少しずつ考える。

まずは家族全員の健康を維持増進し、日常の生活能力を高めておくこと。つまり低コストで長期間(90年以上)健康に暮らせる環境を整える。
なぜなら少子高齢化はあらゆる場面で継続的なコストアップ要因になるので、個人の対応としては限りなく低コストの暮らしを追求せざるを得ない。
また、たとえお金はあっても必要なサービスが提供されないという不都合な事態が想定できるからです。
つまり人手不足で医者がいないとか、地域で商店がなくなり毎日の買い物ができないという状況が、現に人口過疎地で起きている問題が、将来は都市部でも普通になるということ。最近では人手不足で路線バスの運行本数が縮小している、バス賃が上昇しているという報道がありました。たかが引っ越しだって、人手不足で自由にできないという時代です。
とすれば暮らしに必要な多種多様のあらゆる技能を、誰もが身につける必要がある。生活全般のことを、当たり前に何でも自分でする、つまり「一億総セルフサービスの時代」が確実に到来します。

福祉社会というのは、困ったときには誰かに助けてもらえることの引き替えに、その膨大なコストを負担するために、逆に個人ができることは何でもしなくてはならない社会だ。それが証拠に、福祉国家といわれる国の人たちは家庭科教育をしっかりと受け、性別年齢を問わず家事全般何でもこなすというのが通例です。皮肉なことに、我が国も社会が切羽詰まって、ようやく他の先進国並みの福祉社会に到達するということなのです。

さらなる不都合。それは核家族化と長寿化に伴い、誰もが認知症や寝たきりになって介護を必要としているのに、誰もが家族の介護を単独で担うべき事態が到来しているのです。
すでに親子、夫婦間の老老介護は常態化して、さらには要介護者同士の介護すらあるといいます。
今でさえ介護家族の負担は大変なのに、要介護者が激増し、介護の人手不足が深刻化すると、ぼくらの社会はどうなるのだろう。
これからあと数年後の2025年、団塊の世代が全員後期高齢者入りして医療施設や介護施設を満杯にし、もはやその下の世代の施設介護は望めなくなることを想定すべきだ。
なにしろ後期高齢者の数が前期高齢者の倍にふくれあがり、そのような危機的状況が長期にわたり継続するといいます。特に三大都市圏では、人口比率からいって、その後の世代が同じ医療、介護サービスを受けられる余地がないのですから。

われわれがなすべきは、できるならば家族が認知症にならないよう健康管理に最大限気をつけ、今のうちから自宅介護に備えて人数分の資金を十分に蓄える、また互いに何でもできるように知識、技能を身につけておくことが最低限の準備です。

退職後は年金暮らしの気ままな隠居生活という昭和世代のあたりまえは、平成の時代が終わるとともになくなってしまった。つくづく亡くなった親父を羨ましく感じます。私たちは、二極化した分断社会の中、大部分の人が体が動くうちは、生活のための労働をしなくてはならないという新しい時代を迎えるのでしょうね。

「正常性バイアス」の罠

震災や水害など自然災害の発生時に、避難警告が出ていたのに、多くの犠牲者を出してしまったという事例が多い。どのケースも、少しでも過去の災害に関心があったら、直ちに行動すべきことが当然であったにも関わらず、である。もし警報が出たら、多少面倒でもとりあえず避難するという選択をすれば、ほとんどの人は助かっていたはずなのです。

その原因として、人が「正常性バイアス」という心理傾向にとらわれることが指摘される。緊急事態が到来しているのに、たいしたことはないだろうと自分に都合よく事態を過小評価し、現状維持を選択する行動である。今この瞬間、自分の生命が危ないとリアルに感じられるなら誰だって逃げるのだが、危難に直面するまでわずかでも空間的時間的な余裕がある場合、その場で目や耳を塞いで安心しようとするのが、ごく当たり前の人の習性なのです。

私たちが、これら過去の事例から学ぶべきは、いかにすれば人の習性である「正常性バイアス」から逃れるか、それに尽きるといってもいい。

私の実践している方法は次のようなことです。
前提として、誰かが助けてくれるだろう、なんとかしてくれるだろうという、他人依存的な思い込みは捨てる。すでに老人ばかりの社会、緊急時は誰の救援もないというのが前提です。

そのうえで、自分や家族に降りかかる危難を想定して、どうすれば避難できるかを事前に考えておく。避難のシミュレーションである。たとえば普段から立ち入る地域のハザードマップを調べておき、その危険度を確認するなど。いざという時、どこに駆け込むべきかを把握しておく。

日頃から、今ここで突発的に緊急事態が発生したとき、どうすればベストなのかを習慣的に意識する。意識過剰と思われるだろうが、電車の先頭車両には乗らないとか、交差点で安全な立ち位置を考えるとか。毎日報道される事故や事件を聞き流さず、当事者意識を強く持つということを心がけます。外面的には些細な行動だけど、えてして生死の境目はそういうことで変わってくる。

準備すべき装備は、ひとつ残らず十分にストックし、いつでも使える状態にしておき、定期的にチェックしておく。きちんと準備しておけば、いざというときパニックにならず、冷静に対処できるだろうと考えるからです。
先の大阪の地震後、すぐに防災チェックをしたところ、家具の転倒防止策が不十分だということに気づき、慌てて転倒防止器具を追加注文しました。ところが皆さん一斉に行動したようで、数ヶ月先まで手に入らない状況になっています。防災準備は大勢が行動し始めると、すでに手遅れなのかもしれません。

この程度のココロとモノの準備であっても、何か突発的な事態が生じた場合に、「正常性バイアス」による思考停止を避け、割と淡々とシミュレーションどおりの避難行動に移れるようです。
7年前の原発事故の際は、避難の必要性を考える前に、まずガソリンスタンドに直行して避難態勢を整えたことが、その後の心理的な余裕につながりました。実はそれ以前、震災による原発事故は御前崎で起きるだろうと考え、もしもの時はまずはクルマに給油しようと計画していたのです。翌日から近隣のガソリンスタンドでは給油のための大渋滞が起き、給油したくてもできない状況に陥りました。


さて、ここまで書いた自然災害、その他の危難に対する備えは子供でもできるし(「釜石の奇跡」と呼ばれる子供たちの避難行動など)、むしろできていない方がどうかしているくらいのレベルです。
難しいのは、社会全体の規模で起きている変化が、それが確実なのは間違いないのに、いつどのように自分や家族に深刻な影響を与えるのか、もしかすると社会のあちらこちらにすでに兆しがあり、それに呼応するように避難警報といえるような情報が出ているとき、どうやってそれを的確に捉え、対する準備を実行するか。
目前まで迫っている社会的危難に対して、強固な「正常性バイアス」の罠を振りほどき、社会がスローパニックを起こし一斉に動き始める前に行動すること、ここが一番難しいことなんだと思います。
例えば、石油ショックのパニック、平成の米騒動、そして先の震災時の放射能パニック。日本人は自分で考えず、一斉に他人の行動に盲従する癖があります。それが不必要に大きな混乱を呼び、さらに被害を拡大します。
だからこその準備です。

自分にとっては、年齢的にいって、残された時間はもうありません。
貴重な夏休みの時間を使い、真剣に答えを出そうと思います。

2018年5月19日土曜日

100年の人生

テレビCMで”人生100年”という言葉が出てきて、ちょっとびっくりしました。数年前から、100年を前提に人生設計すべきということが語られるようになってきましたが、もはや常識のレベルにまで上がってきたということでしょうか
人が当たり前に100歳まで生きる時代が到来するなんて、少し前には想像すらしなかったことが、いよいよ現実になってきているようです。

もとより急激な科学技術の発達で、がんは治療可能な病気になり、再生医療も道筋が見え、更に支援ロボットを用いた手術も普及しはじめている。AIを用いて、研究者が気づかない新しい治療法が発見されたという話も聞きます。このように日進月歩どころでない、とてつもない早さで医療技術が進歩し、そのため私たちはたとえ死にたくても容易には死ねない時代を迎えています。
現実に、先日100歳を過ぎた科学者が、安楽死を求めてスイスに行ったというニュースもありました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180512/k10011435981000.html

誰もが100歳以上生きる時代なんて、想像すると空恐ろしく感じる。自分が100歳を迎えるころ、親しい人たちは生きているのだろうか、誰にも頼らず一人で暮らせるのだろうか、果たして暮らせるだけのお金はあるのだろうか。

そのくらいの不安ならまだいい。ひょっとして早めに認知症になってしまい、周囲の人たちを長い間苦しめるのではないだろうかという不安もある。やはりそれだけは、どうしても避けたい。そうなるくらいなら、早めにスイスなりオランダなりに行きたいものだと本気で思います。

このところ、残り半分の人生をどのように過ごすべきなのか、繰り返し考えています。100年時代を迎えるのに、どのような準備をすればいいのか。今から出来ることは何なのか。人間関係、健康、お金、その他いろいろ。人生をリセットするつもりになって考えています。

2017年5月30日火曜日

「雨あがりの街」


昭和もそろそろ終わろうかという頃だったか、新聞の投書欄に面白い記事が載っていたことを覚えています。投書主は会社勤めの女性で、ランチタイムにときおり蕎麦屋で日本酒を飲むという内容でした。

ストレスの強い部署にお勤めなのか、その日はいつもの社員食堂ではなく、敢えて誰も知らない蕎麦屋でひっそり仕事の疲れを癒やしている。そんなランチの光景を想像すると、嫌でも物語は広がっていきます。場所はもちろん新橋、風情の残る路地裏に10席程度の静かなそば屋。平日の昼間っから卵焼きを当てに酒を飲んでいても少しも違和感のない店で、入り口に背を向け目立たないように座っている中年の独身女性の姿がある。少々酒を飲んでも顔に出ないだろうし、仮に気づかれても文句を言われない立場の人かもしれない・・・。蕎麦が運ばれてくる暫しの間、呼吸を整えるようにゆっくりと杯を傾けるのでしょうか。そのシーンはどこか向田邦子のドラマの一場面を彷彿とさせます。

かようにわたしの妄想は続くわけですが、そんなシーンが自然と湧き出てくるのは、投書の内容がまさに都会の物語だから。様々な人生が交差する場所だからこそ、ある種の感慨を持って未だにその記事を思い返しているのです。


常盤新平のエッセイ集、「雨あがりの街」がいい。先の投書と同時期の本で、その中の何編かは東京のビジネス街で働く女性たちが主人公になってます。とりわけ「6月の街」というタイトルのエッセイが味わい深い。あたかもスナップ写真のように、たまたま雨あがりの夕方にすれ違った、仕事を終えたばかりの若い女性の姿を簡潔に描写しています。彼女はこれからどこに向かうのだろう。買い物だろうか、デートなのか。もしかすると簡単な夕食をとってひとり映画を見に行くのかもしれない。そういう想像が広がるのも、やはり都会ならではの場面設定だからでしょう。

春が終わりを告げ、夏の気配を感じるこの時分になると、なぜか読みたくなる本です。わたしはずいぶん以前に本をなくしてしまい、幾度も図書館から借りて読んでいます。

2017年5月7日日曜日

連休のお楽しみ。

連休を利用して部屋の片付け、ガーデニングに勤しむのはいつものこと。
あとは昼間っからビールを飲んだり、本を読んだりと、勝手気ままな時間を過ごしている。
例年、まったく代わり映えのしない過ごし方だが、しかし今年はほんの少し、お楽しみを付け加えた。
それは、「世界一おいしいご飯が炊ける」という気合いの入った炊飯器でいろんな料理にチャレンジしてみること。


気になるデザインは可もなく不可もなく、ホーロー鍋とIHヒーターを合体させたらやっぱりこうなりましたというカタチ。
どっしりとした重量感があり、それなりに場所を取るのは仕方ないか。
狭い台所では、存在感がありすぎかな?


世界一、世界一と呟きつつ炊き上がりを待ったご飯に、やっとご対面。
最初に撮影した写真はピンボケだったが、現物のご飯はシャキッとした粒立ちが素晴らしい炊き上がり。


そして肝心の味はどうかというと、食感が少し硬めかなという感じる以外は正直よくわからない。
きっと上等のお米なら違うのだろうけど、普段使いの安いお米なので、まあそれなりにというところだね。



ご飯を炊くことよりむしろ、IHヒーターの温度管理が容易なことを利用して、ずぼらな煮込み料理を作ることに関心がありました。
低温で長時間、コトコトと気長に煮込む料理だと、途中で火が消えたり、逆に焦げ付かせる心配もなく、その時間をほかの用事に回せるからです。

早速に手がけたのが、手羽と大根の煮物。
まずは手羽に焼け目を付け、次に大根と調味料を放り込んで蓋をして、後は低温にセットしてのんびりと出来上がりを待つ。
ずぼらの極みですが、これがいいあんばいに仕上がります。


お次はスジコン。
下調理したスジにコンニャクと調味料を合わせ、気長に気長にコトコトと煮詰めるだけ。
なのに、あんまりにも美味くて、思わず日本酒を買いに走りました。



低予算で、しかも手間を掛けずに美味しい料理を作る。
そういう目的にぴったりの、理想的な調理器具です。
更に、ホウロウ鍋自体が、直火でも使えるというのも、また嬉しい誤算でした。

2016年10月3日月曜日

金沢散策


関西での用事を済ませたあと、遠回りして二度目の金沢を訪れました。前回は学生の時で、当地の学生寮でゴロゴロしてただけでどこにも行った記憶がありません。なので実質今回が初訪問。


たまに小京都などと呼ばれますが、実際に歩いてみると京都とは全然違いますね。街の中心に巨大な城址があり、しかも武家屋敷が多く残り、京都などよりずっと古都の風情を色濃く残す堂々たる城下町でした。


かつては駅の近くにぽつんと高層ビルが一つだけやけ目立つ、斜陽の地方都市という印象があったのですが、今回は様相一変で成長する北陸の拠点都市という印象かな。
念のため統計をみると、実際に前回時より1割方人口が増えている。
もちろん福岡や仙台などの発展とは比べられないが、それでも寂れる一方の私の故郷と比べると、ずっと伸び代があるように思えます。


金沢は観光客が多いと聞いてましたが、もしかして9月末は時期的にオフシーズンかと期待してたのに大外れ。やっぱり観光客が多くて、どこに行って行列に並ぶことが多かった。楽しみにしていた美術館も、入館まで何十分待ちで、館内もすし詰め状態。有名な見所だし、こればっかりは仕方がないか。


そんなわけで、本命の飲食店だってどこも予約がいっぱいで、当日に連絡したのでは全然間に合わない様子。予約を受けない店を見つけ、時間的に少し早いが開店と同時に飛び込んでやっと席を確保しました。そしてこの日は猛烈な暑さで、冷えたビールが本当に美味かった!


当地で私が一番気に入ったのは、食事が美味くて安いこと。味付けが、関西出身の自分にとってちょうど良い感じ。地元産の魚も野菜も酒も、いろいろと目移りして困りました。しかし、名物のノドグロだけはがっつりと食べてきました。


今さら意外感はないのですが、金沢の街も外国の観光客が多く目に付きました。やはり個性ある文化、豊かな歴史、そして美食が楽しめる場所には、少々不便なところでも世界中からお客さんがやって来るんですね。