2008年4月7日月曜日

「小津ごのみ」

例えば人生を、石造りの僧院だとすれば、優れた芸術は、分厚く硬い壁を穿つ窓のようなものだ。高窓から差し込む陽の光で、我々はさまざまな人生のかたちを知り、時には人生の意味を悟る。あるいは開け放たれた窓の外から聞こえてくる鳥のさえずりに、あかるい明日を夢見ることが出来るのだ。

わたしにとって小津安二郎の映画は、まさに僧院の窓、それも部屋の奥まった場所に控えめに備え付けられた細長い明かり取りを連想させる。それは孤独に向き合う人々の手元を照らす、フェルメールの明かりにも似た印象を残す。だから、小津の映画だけは、誰もいない場所で、静かに見詰めていたいのである。

中野翠の「小津ごのみ」は、小津の作品を正面から、真っすぐに見詰めた映画評論集である。いや、評論というと、どこか高みに立って安っぽい教えを垂れるような臭いがする。むしろ、小津映画への熱心なラブレターだというとしっくりする。的確な観察眼と、小津映画に対する愛情が程よく混ざりあった文章に、強い共感を覚えるファンも多いのではないだろうか。まだ観たことのない人たちよりも、むしろ何度も観て、心の中に言葉にならない塊を抱えた人たちに勧めたい本である。

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