元旦の一日


大晦日の夜は、早めに食事を済ませ、そのまま本を抱えて寝床に入り、除夜の鐘の音を聴くこともなく寝入ってしまった。ふと目が覚めると明け方で、あと数十分もすれば美しい初日の出が拝めそうな気配だった。しかし、ここで起きてしまうと中途半端になるので、もう一度布団をかぶり直し、あてのない眠りに入った。そして次に目覚めると、もう10時半だ。トーストを焼き、作り置きしているゆで卵を頬張りながら、配達されていた年賀状を読む。

天気が良ければ、歩くことに決めていた。このところ運動不足気味だったので、軽いウォーミングアップのつもりだ。十分に暖かくなった昼下がりに、初詣を兼ねて寺社仏閣を通り抜け、そのまま渋谷方面に向かうことにした。遊歩道を歩きながら携帯で家族に年始の挨拶をし、例年のごとく帰省できない言い訳をして、ちょっと考え事をしていたら、いつの間にか予定したコースから外れてしまっていた。街路表示を見ると、30年前に台湾で客死した作家が、一時期家族と暮らしていた場所。幹線道路から一本奥に入ると、周囲を高層ビルに屏風のように取り囲まれて、昭和初期の古い木造家屋があちらこちらに残っている。決して立派とは言えない、当時の月給取りがつましく暮らしていた風情のある、こじんまりと質素な家々。この中のどれかが、もしかしたらそうかも知れない。人通りの無いのをいいことに、軒先をそれとなく見て回った。

小腹が空いたので、営業中のハンバーガーショップに立ち寄った。そこで一番軽めのハンバーガーと、冷たい水をもらう。元旦の昼下がりに、何を好きこのんでハンバーガーなんかと思いきや、意外にも店内は独り者や夫婦連れの老人たちで混んでいた。簡単な食事を済ませた後、再び路地の中をさまよい、三軒茶屋の古い映画館の前にでた。ここでは以前から観たかった映画が上映されていたが、タイミング悪くすでに半分以上過ぎていて、次を待つと夜になってしまう。夜になって都合が悪いわけでもないが、それまでどうやって時間を潰せばいいのだろうか。結局、渋谷に行くのは止めて、成り行き任せに三軒茶屋周辺を徘徊することにした。ここは上京して初めて暮らした街。現在の若者たちの喧噪渦巻く場所と違い、当時は静かで暢気な場所だった。狭い通りには学生相手の飲食店や麻雀店が並んでいて、学生気分の抜けきらない私にはちょうど暮らしやすかった。その頃、モーニングセットを食べるために頻繁に通った喫茶店があり、その後、長らくディスカウントストアが入っていてが、最近廃業したと噂に聞いていた。好奇心もあって尋ねてみると、開店して間のない雰囲気の賑やかな本屋が入っていた。かつてこの場所に、自分が決まって座っていたシートがあり、壁にはフィヨルドの大きなポスターが掛かっていて、それを眺めながら朝食を取るのが好きだった。その同じ空間で、書棚を眺め、本を手に取る自分をダブらせて想像すると、実に奇妙な感じだ。何冊か本を買い求め、外に出るとすでに空気が冷たい。映画は諦めて、家に帰ることにした。

夜になり、餃子をあてにビールを飲みながら、すっかり恒例になったウィーンフィルのコンサートを楽しみ、こうやって年初のブログを書いて過ごしている。年末年始に、ひとりで過ごす中年男性の割合は、同世代の一割という。その何万分の一の、これが、ある名無しの中年男の元旦の一日である。

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