2011年5月29日日曜日

ウルグアイのこと



ウルグアイ、という国があってね・・・。サッカーファンとか地理オタクならまだしも、わたしを含めて普通の人々はその時点で困惑する。多分、南米でさ、ほら小学生の時、地理の時間に、んと、何だっけね。まあ、そういう国の話。

このところ立て続けに、ウルグアイに関する旅行番組や映画を見た。それが意外に良くって、なんだか妙に気に入ってしまった。小さな平原の国で、街なんかは寂れているのだけど、その寂れっぷりが程良く上品で、日本の地方都市みたいに荒んだ感じはない。意外と物価は高そうで、我が国の8割方くらいか。でも贅沢を言わなければ、ちゃんと何とか暮らしていける。どことなく落ち着いた雰囲気が、そんな安心感を与えてくれる国。悪くない、と思う。

wikiに書いてあったことだが、なんでもむかしはたいそう裕福で平和で、おまけに福祉制度も備わって「南米のスイス」と呼ばれていたそうな。しかし畜産業に依存した経済構造を変革できずに経済は次第に停滞、政治は混乱、そして長い低迷期を経て、今の静かで目立たない国が出来上がったという。極東のどこかでも、ほとんど同じストーリーを聞いた気がする。ざっくり言えば、ウルグアイは先輩没落国として、日本の近未来を先取りした国だが、小さいことが幸いして無事にソフトランディングできたということ。これに対して、もちろん日本はハードランディング以外に選ぶところはないが、運が良ければちょっとはウルグアイのようになれるかもしれない。

そのウルグアイの映画、「ウィスキー」。年老いた母親を看取った独身男が、隣国に暮らす弟をもてなすために、従業員の女性と偽りの夫婦を演じるという話。若い世代には辛口のつまらない映画だが、ある年齢になるとむしろハッピーエンドに見えるだろう。登場人物それぞれが深い孤独の陰を引きずって生きている。それが、ほんのちょっとしたきっかけで、井戸に小石を投げ込んだ時ように、小さな音を立てて波紋が広がり、また直ぐに元の薄暗い水面に戻る。その小石が投げ込まれたという事実が重要なのであり、人々は井戸に響く音や波紋の広がりを幾度も反芻しながら生き続けるものなのである。それが人生。もしそれが幸せでないというなら、いったい人は何をもって満足するのだろうか。

ちなみにタンゴの名曲「ラ・クンパルシータ」は繁栄の絶頂期にウルグアイ人の作曲によって、首都モンテビデオで初演されたそうである。

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