アルミホイルやフリマやら


いつ買ったのか、あまりに以前のことなので忘れてしまったアルミホイルが、台所の片隅に置いてある。長さ30メートルのうち、使ったのはまだ半分くらいだろうか。幾度も使い回しするので、いつまで経ってもなかなか減らない。パッケージに製造年月日らしき数字が印刷されているが、それからすると購入したのは25年前かもしれない。

購入場所は、青山のmujiであることには間違いがない。だいたいの日用雑貨はいつもここで済ましていたからだ。身の丈にあった堅実な暮らしのため、中身が同じならば、少しでも安価な商品を選んだ。それは一般に「メーカー品」と呼ばれたナショナルブランドではなく、当時は胡散臭く、二流品と見られていたプライベートブランドの商品だった。そして、そういう生活スタイルは、ものごとを世間的評判に関係なく、実質本位に考える訓練になったと思う。

当時、週末を利用してフリーマーケットにも参加していた。自宅の不要品に値札をつけて、公園や駐車場で店開きをするのだが、売れなければ持ち帰って処分したり、両隣のブースの人たちと交換したり、なにしろ商売でないので暢気なものである。ある時、捨てるつもりの汚いジーンズを間違って並べてしまった。ところが同世代と見られる若いカップルが、そのジーンズを見て欲しいと言いだした。ご覧のとおり、古くて、膝が抜けて、ボロボロですが、それでもいいのですかと訊くと、二人は楽しそうに頷いた。

一見地味な身なりの、しかし決して貧しいわけでなく、立ち居振る舞いからは、教育の行き届いた、むしろ非常に裕福な家庭を想像した。そういう人たちが、着古しのボロボロのジーンズを喜んで買ってくれるということに、ちょっと驚いた。そして、堅実なつもりでも、自分たちはまだまだ甘いと反省したものだった。もちろん今では、他人のお古だろうがなんだろうが、自分に似合ってさえいれば全然平気。いくども繕い直しながら、毎シーズン着続けている服も多い。

あの時ジーンズにつけた値段は300円だったが、わたしの得た教訓はそれよりはるかに価値があった。

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