「雨あがりの街」


昭和もそろそろ終わろうかという頃だったか、新聞の投書欄に面白い記事が載っていたことを覚えています。投書主は会社勤めの女性で、ランチタイムにときおり蕎麦屋で日本酒を飲むという内容でした。

ストレスの強い部署にお勤めなのか、その日はいつもの社員食堂ではなく、敢えて誰も知らない蕎麦屋でひっそり仕事の疲れを癒やしている。そんなランチの光景を想像すると、嫌でも物語は広がっていきます。場所はもちろん新橋、風情の残る路地裏に10席程度の静かなそば屋。平日の昼間っから卵焼きを当てに酒を飲んでいても少しも違和感のない店で、入り口に背を向け目立たないように座っている中年の独身女性の姿がある。少々酒を飲んでも顔に出ないだろうし、仮に気づかれても文句を言われない立場の人かもしれない・・・。蕎麦が運ばれてくる暫しの間、呼吸を整えるようにゆっくりと杯を傾けるのでしょうか。そのシーンはどこか向田邦子のドラマの一場面を彷彿とさせます。

かようにわたしの妄想は続くわけですが、そんなシーンが自然と湧き出てくるのは、投書の内容がまさに都会の物語だから。様々な人生が交差する場所だからこそ、ある種の感慨を持って未だにその記事を思い返しているのです。


常盤新平のエッセイ集、「雨あがりの街」がいい。先の投書と同時期の本で、その中の何編かは東京のビジネス街で働く女性たちが主人公になってます。とりわけ「6月の街」というタイトルのエッセイが味わい深い。あたかもスナップ写真のように、たまたま雨あがりの夕方にすれ違った、仕事を終えたばかりの若い女性の姿を簡潔に描写しています。彼女はこれからどこに向かうのだろう。買い物だろうか、デートなのか。もしかすると簡単な夕食をとってひとり映画を見に行くのかもしれない。そういう想像が広がるのも、やはり都会ならではの場面設定だからでしょう。

春が終わりを告げ、夏の気配を感じるこの時分になると、なぜか読みたくなる本です。わたしはずいぶん以前に本をなくしてしまい、幾度も図書館から借りて読んでいます。

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