若い頃は喫茶店によく行ったものだが、中年以降そのような習慣がなくなった。
禁煙を始めたのがきっかけだったか、喫茶店で寛ぐという心の余裕を無くしたせいか、もしくは毎夜酒を飲むのが習慣化したせいなのかもしれない。
何れかの原因があったにせよ、喫茶店嫌いになったわけでないのは確かである。
ただ、喫茶店で目的なくぼんやりと過ごすのが苦手になっている気はする。
しかし旅行という非日常にあっては、そもそもぼんやりと過ごすのが目的なので、喫茶店に入り時間を潰すことも楽しみとなる。
何もせずに、店内の雰囲気を味わったり、追想に耽ったり。
スマホを弄る習慣のない老人には、それが得難い憩いの時間となる。
毎年のように訪れる京都の喫茶店。
外国人客のいない、常連客だけの静かに寛いだ時間が流れている。
そしていつものように、カウンターの椅子に腰かけて、無為の時間を楽しむ。
あれは50年近く前のことだ。
この店で、円形カウンターの対角線上に座っていたのが、当時売り出し中の美人女優だった。
鮮やかな赤いワンピースを着て、周囲の視線を憚ることなく完璧な自信に満ちた表情で周囲を見渡していた。
僕は、世の中にはこういう人も存在するのだと、妙に感心して彼女に見入っていた。
wikiで調べると、あの時彼女は25,6歳だったのか。
その後とんとん拍子にキャリアを重ねたが、その後ちょっとした私生活上のアクシデントが続き、つい数年前にひとり寂しく亡くなったとある。
凡庸な表現だが、天性の華やかさと自信を兼ね備えた、大輪の花のような女優だった。
僕は、あの時座っていたはずの席に腰かけ、しばし彼女のことを思い出していた。
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