散髪

理髪店は決して嫌いではないが、わたしにはあまり縁がない場所だ。中学生の頃は坊主頭で、父が自ら地球トンボ印の手動バリカンでわたしの頭を刈上げていた。その父も子供の頃は、ひどく切れ味の悪いバリカンで、戦死した祖父に散髪してもらってた。ところがバリカンが切れないせいで頭髪を挟み込み、短気な祖父はそれを引きちぎるようにして作業していたのだそうだ。むろん幼い父はあまりの痛さに堪えきれなくなるが、その度に祖父にバリカンのハンドルで頭を叩かれていたのだという。ずいぶんと乱暴な話だが、父はわたしの散髪の度に、そのエピソードを懐かしさを込めて語ったものだった。

その後、社会に出るまでは髪を伸ばしていたので、時折、近所の美容室で簡単にカットだけしてもらう程度でも十分だった。そして学校を卒業してから、ようやく理髪店通いをすることになったのだが、それも結婚までのほんの数年間だけである。わたしが最後に理髪店に行ったのは、挙式の1週間前、慌ただしく準備をすませた日曜の夕方のことだった。使い込まれ黒光りする木の椅子に腰掛け、白髪のいかにも職人といった風貌の理容師に散髪してもらいながら、頭の中のチェックシートに印を付け続けていたように思う。

その後はずっと、妻がはさみ一つで、わたしの髪を整えていてくれる。はじめのうちこそ、失敗して虎刈りになったりしていたものだが、器用な彼女はすぐにコツを飲み込んでしまった。わたしのほうも容姿には無頓着な性格なので、自分の髪なのに、すべて彼女に任せっきりでここまできてしまったのである。そして昨夜もまた、例によってバスルームで散髪をしてもらったのはいいが、思いのほか寒くて体が冷えきってしまったのだろう。滅多にないことだが、珍しく風邪を引いてしまったようだ。深夜の天気予報では、今週はしばらく冬並みの気温になるだろうと伝えていた。

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