2007年6月15日金曜日

夕焼け


学生の頃、小さな本屋のおやじになりたいと口にしたら、君は出世するタイプじゃないものなあと笑われたことがある。実際、周囲にはそんな気の抜けたような願望を持った者はおらず、ほとんどは現実的な目標を持って着々と努力していた。そして、わたし自身もそれはそれとして胸の奥底にしまい込み、いちおうは真っ当な生活をしてきたつもりだ。

その元小さな本屋のおやじ志望者は、今では実務的な本に追われて、目新しい小説を読む心理的な余裕がない。もしつまらなかったら時間の無駄だと思って、つい新しい作家のものは敬遠がちになるからだ。だから馬鹿みたいに無駄な時間を過ごしていた頃に読んだ本を、読み返すに値するものだけを選んで、少しずつ楽しむというのがこの何年来の読書スタイルになっている。

そんなわたしが、最近立て続けに読んだのが、吉田篤弘の小説である。ストーリーに特段の起伏があるわけでなく、美男美女の登場しない、ありふれた普段着の人々のお話である。でも、面白い。読み手の世界と、小説の世界が、半クラッチの状態でつながり、坂道の途中で停止しているような感覚。小説の回転振動が、日常生活からほんの少しずれた心地よい世界を伝えてくる。もちろん虚構に過ぎないとわかっているのに、自分はこんな世界を望んでいたのだと、しみじみと思い至る小説だった。

あなたに似た人たちはこんな小説を読んでますよ、と教えてくれたアマゾンには感謝しなくてはならない。

「それからはスープのことばかり考えて暮らした」
「つむじ風食堂の夜」

2 件のコメント:

  1. 匿名20.6.07

    こんにちは。
    「それからはスープのことばかり考えて暮らした」を読みました。
    以前から装丁や題名が気になっていたにもかかわらず、なぜか読むにいたらずにいましたが、読んで正解の気持ちのいい小説でした。atoさんに感謝しなければ(アマゾンにも)。
    私事ですが、実家が思いがけない成り行きで古い映画館をやっています。かなり危うい経営状態なので、月舟シネマへのアドバイスを真面目に読んでしまいました(笑)。

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  2. 匿名21.6.07

    >umeさん
    とっくの昔になくなってしまいましたが、三茶の名画座で古い日本映画を見るのが大好きでした。普段はおピンク、夏はアニメ、そしてたまにこれぞという邦画。そのプログラムがとても印象的でした。umeさんの御両親が経営なさっている映画館も、さぞ苦労をなさっていることでしょうが、きっと「月舟シネマ」のように町の映画ファンにとって心の支えになっているのではないかと思います。
    実は、オーリィくんのあおいさんは、わたしにとっては香川京子さんなんです。京子さんの演技が見れるなら、いつだって映画館に足を運ぶつもりなんですけどね。

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