2007年8月19日日曜日

地球温暖化と暮らし方

今朝の朝刊で国連事務総長が、「重要な問題は、地球の温暖化だ」と答えていた。本来の役割である国際紛争の解決ではなく、環境問題を真っ先に出してきたことに、この問題の深刻さを感じる。もちろん、地球の温暖化は国際紛争の端緒になるということも含んでのことだろうが。そしてこの問題は、個々人の生活にも深刻な影響をもたらすので、将来の生活を考える上で避けて通るわけにはいかないのである。

思うに地球温暖化の問題は、これをありのままの状態で個人の問題として扱うには、あまりにも漠然としているため政治的なスローガンの餌食となりやすい。何しろ危機的な状況というものは、そこから生じる不安を利用して利益を得ようとする政治屋にとって、最高の稼ぎ時だからである。だからこそ、それを個人の問題とする時は、自分自身の具体的な生活スタイルへの選択の問題に分解して考える必要がある。

そのような視点で何かないかと探してみたら、新刊書で「サヴァイヴ!南国日本」が引っかかった。著者の高城剛とわたしとは、同世代ながらもまったく異なる人生を送っている。人生観や価値観はもとより、生活スタイルや食事や音楽の趣味まで、見事なくらい重なりがない。しかしただ一点、環境問題については、なぜか同じ結論である。西回りと東回りに歩き始めた旅行者が、たどり着いた場所が同じだったという感じなのだ。

ざっくりとまとめると、日本の亜熱帯化は不可避であり、私たちはその変化にドラスティックな対応をしなくてはならない。温暖化の対応は国際的な競争になっている。日本は地理的に、経済的にきわめて有利な位置にあるので、一気に舵を切って世界をリードすることで国際的な影響力を増大させなくてはならない。そして、その主張の背景には、急速なパワーシフトによって傾きつつある日本に対する、強い焦燥感を感じるのである。

著者はいう。急速に悪化する地球環境に対応するには、スピーディーかつパワフルに生活革命を実践して、最適なバランス点を発見しなくてはならない。そう、刻々と亜熱帯化していく生活環境に対して、個々人がどうすれば快適な生活を送れるのかを、まじめに考えなくてはならない時が到来しているのだ。そして著者の選択は、コンビニに行く回数を減らし、クルマに乗る日を決め、頻繁な「お取り寄せ」をやめ、堆積した膨大なモノを処分して、生活の拠点を変えることだった。

これまで著者とは反対の生活を送ってきた人たちからすると、何を今さらという感想を持つだろう。しかし、意識的にこれまでの生活とは縁を切って、大きく生活スタイルを変化させた点はやはり評価できる。そして、質素な生活はまっぴらごめん、生活をより良くするためのバージョンアップだとする積極性には強く共感する。十分すぎるほど物質文明の恩恵に浴してきた人たちに対して、より楽しい贅沢をするための選択肢として、環境対応型ラグジュアリーを提示することは、生活革命を促すためにとても大切なことだからだ。

わたしのばあいは、そもそもが新陳代謝の少ない暮しtをしているので、これ以上モノを少なくするとか、買い物を止めるとかする必要はないが、ただ今のクルマをどうするかでずっと悩んでいる。古いクルマなので燃費が悪く、環境負荷を考えるとそのままにしておくことは良くないだろうし、かといって買い替えるのはもっと良くないことかと、いまだに最適なバランス点を見いだせない。

本書で気になったのは、海外のお金持ちが日本に注目しているという点。というのも豊かな森林や水が、温暖化や砂漠化で世界的に希少資源となっているため。最近も友人からアジアの某財閥オーナーが、札幌に頻繁に通っているという話を聞いたばかり。すでに兆しは出ているが、将来どこで仕事をするかを考えたとき、海外ばかりがお金儲けの場所ではないということだ。

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