2007年9月26日水曜日

「遥かな町へ」

誰のだったか忘れてしまったが、時間とは後悔を感じる人間だけが持つ観念だと書かれていた本があった。たしかに、取り返しのつかない失敗が時間とともに深い後悔に変わるという経験からも、これに共感する人も多いだろう。だから多くの小説や映画で、タイムスリップして未来を変えるというストーリーが繰り返し語られるのだと思う。しかしその設定の面白さとは裏腹に、その種の物語の虫のいい、卑しいだけの結末にがっかりすることも多いのだ。

休日に読んだ谷口ジローの漫画「遥かな町へ」も、タイムスリップもののひとつである。しかし、この漫画の読後感は、意外にも爽やかだ。なぜなら主人公が過去に起きる辛い事件を真正面で受け止め、疎ましくなっていた現在を積極的に肯定するからである。わたしたちの「今」は、過去から連綿と続く因果の連鎖に繋がれている。自分にとって都合の良いことや悪いことを引っ括めた、すべての事柄が人生の貴重な一コマだ。だからこそ、過去は過去のこととして受容し、あるいは人を赦すという作業が、かけがいのない人生を送るために必要なのだろう。

家を出て行こうとする父親を、懸命に引き止めようとする息子。だが48歳の魂を持つ14歳の息子は、自分の選んだ人生を行きたいという父親の気持ちを知って引き止められなくなる。しがみつく息子を振り切って列車に乗り込むシーンのなんと切ないことか。そして48歳に戻った主人公は、逃げ出そうとしていた家庭に戻っていくという結末を迎える。後悔だけは山のように抱えたわたしにとっては、平凡だけど、そういう結末が一番しっくりくるである。

谷口ジローの作品では「孤独のグルメ」も味わい深い漫画だった。昨今のグルメブームを毛嫌いする中年男に特にオススメである。

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