「犬を飼う」

喫茶店が町のあちらこちらにあった頃、休日などはマンガを読みに、お気に入りの店に通ったものだ。コーヒーが取りたてて美味いわけでなく、ひっそりとした裏通りにあって、夏でもひんやりとして、どこかカビ臭いようなありふれた喫茶店だった。そこで一杯のコーヒーを注文し、備え付けの本棚から何冊かのマンガを読むのが習慣になっていた時期があった。

その当時、読んだ覚えのある谷口ジローのマンガを、再び読み返してみた。「犬を飼う」である。読んだ覚えがあるというのは、幾つかのカットは明確に覚えているが、特別の感慨がなかったからだ。しかし改めて読んで、ああそういうことだったのだと、不思議な懐かしさと寂しさの入り交じった感情に浸された。つまりそこに描かれた心象風景が、初めて読んだ時は理解できず、そしていまでは振り返って見る景色だったからだ。

「犬を飼う」は、作家自身の15年間にわたる愛犬との生活の、犬の老いに寄り添い、最期を看取るまでの月日を描いている。読み切りの短編マンガという制約のなか、抑制された筆致で、淡々と愛犬の姿を描写する。その静かな光景に、胸を突かれるような愛情と悲しみを観る。そして「そこには広々とした河原があった」という言葉に、愛犬と暮らした月日と命の流れ、通り過ぎた時間のいとおしさがすべて凝縮されていると感じた。

町の片隅にひっそりと残っていた喫茶店は姿を消し、窓際でマンガを読んで時間を潰す見慣れた光景もなくなった。ありふれた場所、ささやかな時間、失ったあとでその大切さに気付くのである。

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