石鹸


スタンダードが成立しにくい時代である。めまぐるしく変化する世相や流行に煽られ、誰もが変化することに抵抗感をなくしているように見える。いや、変化することは悪くないのだ。問題なのは、自らの意思で変化するのではなく、必要もないのに、他人の意思で変化させられていることに対して、抑止が働かないことだ。

暮らすということは、毎日同じことを、粘り強く繰り返すということ。果てしなく続く炊事や洗濯や掃除、その他健全に生きるため必要な雑事に、私たちはどれほどの忍耐を要求されているのだろうか。だが、私たちは本能的に、それらの時間を決して疎かにしてはならないことを理解している。それは、暮らすということが、人間の品位と深く結びついた、かけがえのない大切な事柄だからである。

だからこそ、暮らしの中にスタンダードが必要だ。気紛れを起こさず、毎日確実に家事を処理するためには、無数の、定規のように正確なものさしが必要なんだ。そして自分の暮らしに必要だと判断したスタンダードは大切にすること、その自分の判断に信頼と責任を持つこと。その限りない積み重ねが、暮らし方に対する自尊や、生きることへの自信に繋がると信じている。

いささか大袈裟な話になってしまったが、たかが石鹸、されど石鹸。日常的に無意識に使うものほど、豊かさを象徴するものでなくてはならない。たっぷりとした分量と、変える余地のないほど完成された品質。わたしは自分のスタンダードとしてこの石鹸を選び、そしてずっと使い続けてきた。たぶん、暮らしの中で感じる充足の何十分の一かは、これからも変えるつもりのない、この石鹸に負うところだと思っている。

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