晩秋の景色

このところの好天続きで、窓越しに見える紅葉の色が日増しに深まっている。今朝も起き抜けに窓のカーテンを開けると、周囲の木々が朝日を浴びて黄金色に輝き、あまりの美しさに暫し見とれてしまった。春先の若い緑が、ぐんぐんと育つ景色もいいが、晩秋の木々の散り際にある贅沢な景色も見ていて飽きることがない。そして北風が吹いて、一斉に枯れ葉を舞い上げ、渦を巻くように遠くに運ばれていく光景ほど、生命の尊さをドラマチックに感じる瞬間はない。

二年近く前になるが、家を持とうと思い、周辺の不動産を探しまわった。だが環境の良い場所では平屋の建つ広さをもつ物件は少なく、あったとしても豪邸サイズのとんでもない値段のついたものばかりだった。そこでフルオーダー型の集合住宅を検討し、かろうじて妥協できるものを探し出して、契約寸前までにこぎ着けた。しかし、なぜか新しく家を建てるという喜びは微塵も感じられなかった。本契約の前日、改めて更地状態の建設予定地を眺めると、周囲にほとんど樹木がないことに気がついた。そして、私たちはそのとき初めて、自分たちの住む家に何を望んでいたのか、はっきりと理解できたのだった。

日曜の午後、自転車に乗って、小さな池のあるサンクチュアリに行ってきた。そこに至る道の途中には、契約寸前に止めた瀟洒な集合住宅が建っていて、玄関脇には設計図通りに申し訳程度の低木が植えられていた。自分たちが理想とする間取りやインテリアなどが叶えられるはずの住宅だったが、今でもまったく後悔していない。むしろ家探しを通じて、現在の住環境の良さを再発見し、以前にも増して愛着を持って住めるようになったことは、幸運だったと思っている。家を選ぶということは、生活スタイルを選ぶことであり、それは自分の望む暮らしに向き合うこと、そのものなんだと理解したのである。

春に訪れた時は花々で賑わっていた池の畔も、時折そよぐ秋風に吹かれ、しっとりと静まり返っていた。梢を見上げると、さまざまな葉の色が混ざり合わさり、天然のパレットのようだ。帰り際に、この土地で採れた腐葉土を分けてもらう。細かな枯れ葉が積み重なって、ふっくらとしたいい香りのする、とても貴重な土なのである。

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