2007年12月24日月曜日

幸せの条件

先日のエントリー前半部の続きである。

約12時間の搭乗を経て、コペンハーゲン空港に到着したときには、すっかり日が暮れて、みぞれ混じりの雪が降っていた。更に空港から電車に乗り、約10分くらいで中央駅に到着した。何しろ初めての土地であり、風俗や習慣、どんな気質の人たちなのかも知らなかった。片手に宿の名前と場所を記した地図を持って、わたし達は恐る恐る宿のある方角を目指して歩き始めた。

ところが何しろ裏通りの安宿なので、目立つ看板があるわけでなく、おまけに暗いときているため、たちまち道に迷ってしまった。あたりは人通りも無く、重いトランクを握る手も強張ってきて、ぴりぴりと緊張が走り始めたその時である。「ヘイ!」と通りがかりの中年男が近づいてきて、どうかしたのかと声をかけてきた。地図を指差しながら、身振り手振りで事情を話すと、うんうんと頷いてホテルまで道案内をしてくれた。それが最初だった。

そして晩飯。宿を出て、当てもなくレストランを探すが、これがなかなか見つからない。今ならレセプションで紹介してもらい、さっさと安くてうまい飯にありつくところだが、旅行初心者にそんな知恵はなかった。もう時間切れかというころになって、やっと安心できそうなレストランをみつけ、ほっとして店に入った。ところが運悪く店内は満席であり、また振り出しかと思うと、すっかり気落ちしてしまった。すると店の中程から客の一人が手を振って呼びかけてきた。もうすぐ食事が終わるから、もうちょっと待っててくれと言っているのが、その様子ですぐに分かった。そして、その客と挨拶をし、空いた席に座ったときの安堵感と言ったらなかった。店のメニューはハンバーガーだのサンドウィッチだのといった簡単なものばかりだったけれど、肌の色の違う異邦人に向けられた思いやりに、その晩の食事は、わたし達にとっては忘れられないものになったのである。

その翌日はバスに乗って、美術館に行くことになった。駅前の始発バスの運転手に行き先を告げると、到着したら合図するからと言われて安心して乗り込む。ほどなくバスは動き出し、そのまま入り口付近で立っていると、奥の席から私たちの方を呼ぶ声がした。振り返ると、隣の席が空いているから座りなさいと勧めてくれていたのである。しばらくして、バスは目的地の停留所に到着した。運転手に礼を言って下車し、道を渡って美術館の方向に歩き始めた。すると、その時である。静かな街角に大きくクラクションが鳴り響き、思わずその方向を見ると、少し遠くにさっきのバスが停車していた。そして運転手が窓から身を乗り出し、私たちに向かって、美術館は反対方向だよと手を振っていたのである。わたし達を降ろして発車したあとも、その運転手はわたし達が迷わないか見ていたのは明白だった。

短い滞在だったが、一事が万事、そんな調子なのである。誰もが、いつも気を配り合っている。困っている人を見つけたら、躊躇なく、当たり前のように手を差し伸べる。町中で地図を持って佇んでいると、必ずと言っていいほど声を掛けてくるのである。あまりに頻繁なので煩わしくて、しまいには地図を隠し持ち、観光客でない振りをするほどだった。そして、この体験がきっかけになって、わたし達も、ここで受けた親切は、必ずどこかの誰かにお返しをしなければならないと、強く思ったのである。

帰国後ある本を読んでいたら、国際統計で、幸せだと感じている人の割合が一番多いのが、デンマークだった。そして古くから、友人を持つならデンマーク人、と言われていることも知った。知られているように税金は高く、物価も高い、しかし人々は穏やかで質素な生活を楽しんでいる。単純に比較はできないが、似たような所得水準にありながら、そこでは日本のような荒んだ雰囲気を感じることはなかった。ブームになるずっと以前だったが、わたし達は惹かれるように、その後もたびたびこの土地を訪れるようになったのである。

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