早春の旅 2

家から海岸まで海水パンツのまま泳ぎにいく子供時代を送ったせいか、海は自分にとって身近すぎて意識したことがない。むしろ、海のそばで暮らすより、緑深い山間の里で暮らすのが理想であるくらいだ。そのようなわけで、旅先では海とは無縁の土地を歩き回ることが多かった。しかし、春先の優しい海も良いものだ。たまには人の少ない静かな海辺を散策するのも楽しかろう。そこで思いついたのが、バスや電車を乗り継いで行く、早春の海岸を巡る旅なのだった。

ところが実際に来てみると、天候は一日のうちでコロコロと変わり、暴風が吹きヒョウが降るかと思えば、その後はうららかな陽光が射すという展開で、日本の穏やかな早春のイメージとはかけ離れていた。それでも道端のあちこちで水仙が咲き、モクレンやミモザの花が満開で、やはり日本と同じ春の景色を見ることができた。ただひとつの違いは、それらの景観を邪魔するようなものが、こちらでは何もないことだろうか。

湾に浮かぶ修道院まであとわずかだった。だが遮るものが何もない一本道で、突然の激しい風雨に打たれて、衣服も心もぐっしょりとなる。傘やレインコートも、少しの慰めにもならなかった。こんなに厳しい天候で、古の巡礼者たちは、どんな思いでこの修道院を目指したのだろうか。修道院のテラスに上ると、先ほどの雨雲は遠くに去って、わずかな晴れ間が私たちを歓迎してくれた。一瞬の幸福とシャッターチャンス。

この地方一帯は公共交通網が貧弱なので、できればレンタカーで巡るべきなのだが、どうしても自信が持てず諦めてしまった。しかしローカルバスに揺られ、その車窓から眺める風景は格別だった。牛の寝そべる牧草地を抜け、小川を何本も渡り、バスは窓辺を飾った家々が集まる小さな町に停車する。乗客の大部分は通学児童とお年寄り、そしてわずかに旅行者。子供たちのおしゃべりに耳を傾け、雨粒にぬれた窓越しに流れ去る木立を見送っていると、ふと自分が永遠の旅行者のように思えてくる。

最後に立ち寄った海辺の町は、堅牢な要塞の町だった。勇猛な海賊が礎を築き、その後海上交易で栄華を誇った町も、今では漁業と観光の町である。バスを降りると、砂まじりの突風が吹き付けて、たちまち目や口の中がざらざらになり、そして吐く息は白くなる。手荒な歓迎だが、さすがにもう馴れた。迷路のような街路を辿って、やっと小さなホテルを探し出し、通された部屋に荷を降ろすと既に夕暮れが迫っていた。

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