2008年8月19日火曜日

「友だちのうちはどこ?」

キアロスタミの映画を観た。暴力もなく、性的な描写もなく、笑いすらほとんどない、ないない尽くしの映画だけど、その代わり静かな時間の流れがあり、誠実があり、微細な感情のゆれがある。この監督の作品は、それほど多くはないけど、わたしにとってはどれも大切なものばかりだ。

「友だちのうちはどこ?」は、遠い国の、山間の静かな村の、ごくありふれたエピソードが綴られた映画である。ある子供が、友だちのノートを間違って持って帰り、慌てて隣村まで返しに行こうとするだけのお話し。しかし、描きたかったのは、永遠の時間の中で、波が打ち寄せては引いていくような、何十億という人生の限りない繰り返しではなかったろうか。映画の中の子供の体験する一日には、学習があり、労働があり、休息があり、不条理に対する恐れや悲しみを感じ、失望すらも味わうことになる。人が一生に体験するこれらのことを、子供の一日という時間の中で繰り返し体験させる。そして翌日には再び同じ一日を過ごし、さらに同じ時間を今度は誰もが一生をかけて繰り返す。それが人生だよ、人生!

それにしても、キアロスタミの映画は強く印象に残るシーンがとても多い。とりわけ後半部分の、坂に立つ集落の夜の幻想的な美しさは、神聖な絵でも見ているような気になるし、風の吹く中を主婦が洗濯物を取り込むシーンは、味わったことのない名状しがたい感情が湧き出してくる。いったいどういうところから、あのような発想が降りてくるのか、神秘的ですらある。黒澤明が生前、キアロスタミについて「天才というのは、最初からうまい写真を撮るもんだよ」、というようなことを言っていたのを思い出す。

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