獺祭

夕暮れの街を散歩していて、あまりの蒸し暑さに、堪らず路地裏の小料理屋の暖簾をくぐった。夕飯どきにはまだ時間があるので、ビールと小鉢物でも食して行こうかと。

よく冷えたコップに注がれた生ビールの泡の白さを目で楽しみながら、先ずは突き出しの野菜の煮物を食すると、濃い味の素朴な調理が懐かしい。炎天下に汗を流して労働する人たちには、これがむしろ甘く感じるくらいであろうかという味だ。そう思っていたところに、タイミングよく作業服の若者が入ってきて、なるほどねとニンマリする。冷えてキリリと締まったビールに、喉が鳴る。

ちょっと気を良くしてメニューを開くと、真っ先に「新もののサンマのタタキ」が目に付いた。出てきた料理は、小骨の一本まで丁寧に除かれた、サンマの旨味だけが楽しめる上品なもの。サンマは舌の上でトロリと溶けて、それをビールで洗い流すと、また一口と急かされる。悪くない。

ビールを飲んだら帰るつもりが、こんどは「ナメロウ」を食べたくなり、それを選ぶのだったら日本酒を当てなくてはならない。酒飲みの悪い癖だ。リストを眺めて知らない銘柄を探すと、ケモノ偏に括られて孤独を感じさせる字を冠した酒が目に入った。音に出すと「だつさい」。かすかな屈託が耳に残る。字面と音に魅かれて飲んでみるが、銘柄の印象とは異なりさっぱりとした素直な味だ。ナメロウには、もう少し重心の低い酒が合うかもしれない。

ほろ酔いでうちに帰り、何冊か辞書を開いて「だつさい」の意味を問う。それは、参考書をいくつも開いて調べる様子を、カワウソが岸辺に魚を並べる様に例えたもの。そうかボクはカワウソなんだ、どおりで奇妙な親しみを感じたわけだ。窓の外では、強い雨風が木々の葉を叩き、そのざわめきが暗い岸辺でせわしく動き回るカワウソの姿を想像させたのである。

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