「興奮」


伊豆にある、いつもの温泉に浸かってきた。春と初冬のころの年2回、いつも温泉で読書するために行っている。とくに冬は周囲の木々が葉を落とすため、露天風呂に明るく光が差し込み、長湯をしながらの読書は快適この上ない。

今回持っていったのは、ディック・フランシスの「興奮」。競馬のドーピング疑惑を調査するために送り込まれた青年の物語である。実はディック・フランシスの描く主人公には、感情移入しにくいという欠点がある。なぜならば、娯楽小説の主人公であるからには「いい男」であるのは当然なのだが、必要以上に主人公の精神の強さが前面に描かれていて、それが逆に自分の欠点を指摘されているようで息苦しいのだ。凡庸な男にとっては、弱音を吐くヒーローの方が、読んでいて安心できるわけである。

そのわずかな欠点に目を瞑れば、すでに古典ともいえるこの小説は、誰にでも楽しめるミステリーである。そして物語り全体を支えるテーマ、すなわちどのような困難に遭遇しようと、何に換えても自尊心を守ること、その妥協の余地のない骨太な精神について思いを巡らせるのことになる。以前、イラクの独裁者の人質になったイギリスの少年が、腕を組んで一歩たりとも譲歩の姿勢を見せなかったことがあった。それを勇気として称賛するかどうかは別として、むしろ妥協のない強情さがイギリスの強さなのだと思った。

いまイギリス経済がどん底に落ちて行っているが、そのまま駄目になるとは思えない。ディック・フランシスの小説が好まれるあの国は、意外にしぶとく生き残ると考えるのが妥当だろう。そして更に、地球の東の端にも、名誉を何よりも重んじた国があったと聞くが、こちらの方はどうなってしまうのか心配である。

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