岩波新書

岩波新書が創刊70年を迎えたという。著名人の推薦リストを眺めると、古い時代のものは学生の頃にだいたい読んでいた。もしくは、読んだ気になっているだけかもしれない。しかし最近のものには関心を失っているので知らないものばかりだ。

岩波新書との付き合いは長い。最初に読んだのは、梅棹忠夫の「知的生産の技術」だった。中学の国語教師から強く勧められたのがきっかけである。その次は、同じ年に平和憲法の布教に熱心な社会科教師の勧めで、「憲法読本(上・下)」を手に取った。それが社会科学分野の、人生最初の読書となった。中学生の本棚に、大人の本が並び始めた。背伸びをしたい年頃である。少年向けの本が気恥ずかしくなり、新書が増えるごとに子どもっぽい優越感に満たされた。

いまでも新書を手にする機会が多いが、たいていは古本屋の処分品のようなところから、わざわざ何十年も前のものを探して買い求めている。ひとつには、あの時代の教養主義に対する憧れがある。しかしそれ以上に、上品な装丁や目にやさしい紙質といった、今の新書とは異なる、モノとしての質感に魅かれているのだ。それほど熱心に読むわけでないのに、あると欲しくなり、それを並べて満足している。トシはとっても、精神年齢は当時と少しも変わっていないのだ。

これまで読んだ中で特に印象深いのは、上野英信の「追われゆく坑夫たち」である。炭鉱労働者をテーマにしたルポルタージュで、詳しい内容はすっかり忘れてしまったが、小奇麗なホワイトカラーばかりが住む街しか知らない少年にとって、心地よい布団をいきなり剥がされたような衝撃があったのは確かだ。時間を忘れて夢中で読んだものだ。最近読んだ中では、林屋辰三郎の「京都」。京都の歴史と地理をざっくりと知るに、最高のテキストである。そして、文章や写真が45年前で止まってしまっているのが素晴らしい。今の京都でなく、半世紀前の美しい京都を旅するのに最適の本である。

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