「ハリウッドをカバンにつめて」

映画制作を生業にしている人と話す機会があった。映画とは無関係の分野を研究していたのに、偶然に見た映画をきっかけにこの道に入ってしまったという。その映画の話から始まり、互いにあれが良かった、これが忘れられない、などと話しているうちに地球をぐるりと一周してしまい、あっというまに愉快な時間がたっていった。「映画は麻薬だということに気がついた。」と、サミー・デイヴィス・ジュニアは述べている。

わたしの記憶にあるサミー・デイヴィス・ジュニアは、ある洋酒メーカーのテレビコマーシャルで、打ち合わせのない数十秒間のアドリブで永遠にその才能を印象付けた希代のエンターテイナーである。しかしこの本を読むまでは知らなかったが、これまでに公開された1万本の映画のうちの9千本は観たという空前の映画マニアでもあった。仕事で映画、余暇でも映画、どこに行っても映画。人生の大半を映画とともに過ごした才人による、映画への情熱がぎっしりと詰まったのがこの本、「ハリウッドをカバンにつめて」である。

作品としての映画の話、映画界の話、生々しい欲望の話、家族の話や人種差別の話、映画を通じて理解する世の中のこと。それは映画という小窓から見た、半世紀に及ぶアメリカの歴史そのものである。これを読むと、サミー・デイヴィス・ジュニアがいう「映画がわたしの先生だった」ということの意味が非常に良く分かる。そう書くとなにやらこ難しい本のように思えるだろうが、どっこいそこは希代のエンターテイナーの語り口である。掛け値なしに面白い、どこから読んでも楽しい。何しろ、話の導入は「魔人ドラキュラ」であり、クリストファー・リーのエピソードなのだ。これほどの本が絶版になっているのが不思議なくらいの名著である。さらに言うと、清水俊二の翻訳のなせる技か、文体がハードボイルドで格好いい。

さて、空前の映画マニアが選んだベスト・テン。3から10までは観たことがあるが、1位の「男の敵」、2位の「進め竜騎兵」は未見。どんな映画なのか興味津々である。そしてサミー・デイヴィス・ジュニアが認めた映画マニア界のライバル、ジャック・ヘイリーがMGMを愛するあまりに制作したのが「ザッツ・エンタテインメント」。わたしはこの映画が大好きで、これを収めたビデオテープはもうボロボロである。今夜はこれを観ながら、映画の夢に溺れようか。

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