容器

モノを持つということに関しては、かなり抑制的な部類に入るだろう。今必要なものを、必要な分量だけ持つというのが生活信条。何をもって必要かとするかは価値観が決めることだが、必要性を生活の尺度とする場合は、そこに自ずから合理性の原則が働いている。生きるために不可欠の、というと窮屈すぎるし、単に快適な暮らしに必要あればというと、それは無原則と同じになる。要はその両者の中間の、匙加減のありようが、暮らしに様々な個性を与えているのだ。

時々、他人様から何かと頂戴することがあり、それが大げさなパッケージに入れられたりしていると、自分の責任でないのに罪悪感を覚える。だからせっかく頂戴したものは、できるだけゴミにせず、あれこれと工夫して使っている。そして、どうやって利用しようかと考えていると、思いもよらない用途が閃くことがあり、それはそれでまた愉快なものである。

写真の容器には、もともと味付け海苔が入っていた。よく見ると、これが結構デザイン的に優れている。味付け海苔を保管できるケースならば、当然防湿性にも優れているはずだ。じゃあ、お茶やコーヒーなど湿気を嫌うものを保管する容器に転用すればいい。そこで重いガラス容器から、この軽い合成樹脂の容器に移し替えたが、結果的にこのアイデアは大正解だった。適度な弾力があるため、落としても割れることがないし、容器の蓋が大きいので使い勝手がとてもいい。それからというもの、中身の味は忘れたが、このパッケージはずっと役立っている。実は追加でもっと欲しいのだけど、その後うちに味付け海苔を送ってくれる人はなく、必要な数が揃わず残念で仕方ないのである。

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