売上60億ドルの黒字企業

スティーブ・ジョブズの流儀」を読んだ。アップルの創業者でありながらそこを追放され、そして10数年後、息も絶え絶えになった古巣に舞い戻り、見事な復活を成し遂げた伝説の主人公の話である。

実のところ古参マックユーザーでありながら、ジョブズのことはほとんど知らなかった。それというのもアップルの天才エンジニアたちに関心が偏り、ジョブズは有能で野心家の経営者という認識しかなかったからだ。しかし本書を読んで、それが大変な誤解であったことが分かった。アップルという企業とその製品、サービスは、ジョブズがとてつもない情熱を傾けて作り上げた、まさに彼の理想の体現だったのである。自分が今、打鍵してるキーのタッチ、今見ているアプリケーションのフォントのデザインや使い勝手や、その他のこまごまとしたことまで、自ら選び抜いた人たちで特別なチームを作り、それを独裁者として手足のように使って創造したものだった。

本書を経営の指南書として読むのは間違いだろう。なにしろ経営者のパーソナリティが、そのまま企業の個性として現れているのである。「スティーブの頭の中拝見」と言ったって、所詮は後知恵的な解説である。むしろ本書を参考とすべきなのは、それが一般的に許される集団、たとえば新興宗教団体のリーダーあたりではないかと感じる。それほどに、アップルという会社は特異な存在であると思う。

だからといって、本書を開くことが無益かというと、全くそんなことはなく、ここで語られていることの多くは、人生を平穏無事に過ごそうとしているわれわれに、本当にそれでいいのかと強い問いかけを投げかけてくる。誰もジョブズにはなれないが、彼の描いた理想の痕跡を指でなぞってみることくらいはできるのだ。そして時には、毎日世話になっているアップルの製品を眺め、一人の人間の情熱がどんなことをなし得たのかについて、はるか遠くに思いを巡らせるのも悪くない。

そして、この本に付箋を貼りつつ思ったことは、ここに書いてあることの数十分の一でも実行できたら、我々の表情はずっと明るく晴れやかになるのということだ。得意なことに集中し、それ以外は人に任せる。一人で重荷を背負い込まない。フォーカスとは「ノー」ということ。ゼロからのスタートを恐れないこと。そして、「くそ野郎になるもよし、情熱があるかぎりは」、「もし今日が最後の日だとしたら、今日やる予定のことを本当にしたいだろうか?」

「アップルは売上120億ドルの黒字企業にはなれないし、売上100億ドルの黒字企業にもなれないが、売上60億ドルの黒字企業にはなれる。」ジョブズがアップルに復帰して、会社を再生させようとしたときに語った言葉である。企業の部分を、個人、家庭、自治体や国に置き換えて、それぞれの立場で思考するとき、いかに困難な状況にあっても、そこに様々な希望が見えてこないだろうか。

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