雑感

話題の映画「おくりびと」の紹介番組を見ていたら、庄内の美しい風景が映っていた。そこで登場した建物に見おぼえがあり、4年前の旅行で撮影した写真を調べると、やはり数枚撮影していたのを発見した。街外れから高台の公園に向かう坂道の途中に、一見廃屋のような建物を見つけ、それが妙に心惹かれる風情であったので記録しておいたものだ。

庄内は五月の中ごろだったが、雪をたっぷりと残した鳥海山の雄大な姿と、北国の澄んだ空気、初夏を迎える明るい日差しが印象的だった。しかしそれとは対照的に、街は眠っているように静かで、そのままゆっくりと記憶の彼方に消えていくような寂しさがあった。土門拳記念館に残された昔日の街頭風景は、それが幻であったかのように数多くの人々で活気があり、それがなおさら現在を感傷的に見せてしまう。その象徴的な風景が、写真に残した坂道の古びた家屋だったのである。

映画は観ていないのでいい加減なことは書けないが、興行収入につながっているということは、たぶん人々の心に「衰退」を受け入れる気風が生じているのではないかと感じた。見たくないものを受容れて、ありのままの現在を正視する姿勢が出来つつあるのか。庄内の街は老いていたが、決して醜くはなかった。しかし、最近訪ねたいくつかの街は、どこも悲しくなるくらい醜く寂れて、しかも荒んでいた。何十年にもわたる巨額の地方振興策の結果がこのあり様とは、誰がどのような責任を負うべきなのか、それを問われるべき時が来ている。

コメント

  1. lefty1.3.09

    秋田へ出張にいった際、無理に途中抜けさせてもらい行ったのが、酒田・土門拳記念館。一枚一枚の迫力に圧倒された記憶があります。
    時間がなかったので鶴岡までは足を伸ばせませんでしたが、また訪れたいところです。

    返信削除
  2. おや、leftyさんもご覧になりましたか。中身はもちろんですが、ロケーションがあまりに素晴らしくて、ぜひ再訪したい美術館の一つでした。ただ、ここからはあまりにも遠いのが難点ですね。

    返信削除

コメントを投稿

人気の投稿