「旅の重さ」

散歩コースにある古本屋で、懐かしい響きをもつタイトルの本を見つけた。「旅の重さ」、である。学生の頃、どこかの名画座で映画化されたものを観て、さらに数年後、テレビでやっていたのを再び観たのが最後だ。だが、原作は読んでいない。好きな映画だったがストーリーもすっかり忘れて、今は主役の女の子が山頭火みたいに、四国の山中をトボトボと歩いて旅をするイメージだけが焼き付いている。

どんな小説だったのだろうかと拾い読みをしていると、主人公が手紙を通じて母親に語りかける部分で、映画の中の様々なシーンが浮かんで懐かしくなってしまった。大急ぎで大人になろうとする少女が、小理屈こねたり突っ張ったり、挙げ句の果てにうまく感情が制御できなくて動揺したり。そして映画では、少女をすべて受け入れるかのように、真夏の四国の山や海が、とても美しく描かれていた。

ネット上でに何か資料がないかと調べると、YouTubeに「旅の重さ」の予告編があって、ここで短いが久しぶりのご対面。そうそう、映画音楽は吉田拓郎だったんだ。世代的なズレのせいか、わたしはこの人の歌が嫌いだったが、この映画では初々しくてチャーミングに聞こえる。あの時代の空気を表現するには、やはりこの人の歌でなくてはならなかったか。記憶の彼方に封印するには、ちょっともったいなく感じる青春ロードムービーだった。

もうすぐ7月、少年少女の夏休みである。リュックサックを背負って旅行をするには、時間もないし、ガッツもない。ただ、「旅の重さ」の主人公のようにあてのない旅を続けた頃に刻み込んだ、容赦なく照りつける日差しの鋭さ、夏草の匂い、土砂降りの中の惨めさの記憶、そして理由もなく信じた未来の明るさ。許せることのできる今だからこそ、そういう記憶を大切にしたいと思うのだ。

恋セヨ乙女、旅セヨ若者。いくつになろうと夏が近づくと、旅のムシが体の中で騒ぎ始める気がする。

コメント

  1. ギャンブラー28.6.09

    私がこの映画を見たのは高校生のころで、2本立てのうちの1本でした。もう1本は三船敏郎、アラン・ドロン、チャールズ・ブロンソン主演の『レッドサン』ではなかったでしょうか。特に『旅の重さ』はなぜか深く記憶に刻み込まれています。主演は高橋洋子、歌は吉田拓郎。田舎の純朴な高校生だった私の日常とは遠くかけ離れたストーリーでしたが、「コンナコトヲシテイテイイノダロウカ」という焦燥感に駆られたことを覚えています。
    それからしばらくして人生で初めて親元を離れ、それ以来ずっと人生を彷徨してきたわけですが、ようやく「旅の重さ」を肌身で感じているところです(笑)。もう一度、暗い場末の映画館で、ゆっくりと観たい映画です。そのとき自分は何を感じるのでしょうか。

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  2. ギャンブラーさん、どうもです。
    「レッドサン」と「旅の重さ」の二本立て、ですか。映画斜陽の時代の、館主さんの苦労が偲ばれる興業プログラムですね。
    私の方は、大島渚の「夏の妹」が同時上映されていました。こっちは、政治的メッセージはともかく、新人の栗田ひろみが可愛かったです。
    それにしても、全然お金がない頃なのに、どうしてあれほど映画を観れたのか、今となっては不思議なんですよ。

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