不思議なこと

自分で言うのも何だけど、いわゆる霊感というものがまったくなく、子供の頃からそれを自覚していたのであまり怖い思いをしたことがない。たとえば金縛りなんかも頻繁に経験したが、さすがに最初はびっくりしたが、つぎからは脳味噌の一部が眠ったままなんだろうと解釈して、ゆっくりと数えながら深呼吸すれば直ぐに楽になることがわかった。だから、夜遅くに真っ暗になった学校に忘れ物を取りに行くのも平気だったし、深夜に一人で霊園に入って天体観測することもあった。旅行が好きだった頃は、人里離れた深夜の山中を宿を求めて歩き通すこともよくあったが、得体の知れないものより人間の方がよほど怖かったくらいである。

それでも長年生きていると不思議な現象に遭遇することも少なからずある。そのなかでも忘れられないのは、ある年の真夏の数日間である。その日の夜、突然に、天井がミシミシと音を立てだした。もしかするとその前から、そういう風なことが起きていたのかもしれないが、いつも疲れて帰るとすぐに寝ていたので気がつかなかっただけなのかもしれない。ただ、その日がちょうど盆休みで、夜更かしをしていて気がついたのだと思う。部屋の天井の隅から音が始まって、だんだんとまるで歩き回るように、ミシミシ音が動くのである。

最初は、昼間に熱くなった天井が、気温が下がった深夜に収縮して、そのせいで音を立てるのだろうと推測した。何しろその頃高層マンションの最上階に住んでいて、夏の暑いことと言ったら半端ではなかったからだ。だがしかし、ミシミシ音がぐるぐると歩き回るように聞こえるというのは理屈には合わない。即座に「誰かが屋上にいる」という確信が生じて、事実それまでもたびたび非常階段から屋上に侵入する者があり、その度に強く注意したことがあったので、すぐに屋上に駆け上がり犯人を捕まえようとした。しかし、深夜の屋上は静まりかえり、人の気配は全くなかった。そうこうしているうちに、いつの間にか音は止み、いつものように静かな夜は更けていった。

そういうことが毎晩のように続くうち、少しずつ深夜のミシミシ音は大きくなり、そのたびに屋上に駆け上るというイタチごっこを繰り返していたが、あまりに五月蠅くなってどうしてよいかわからなくなってしまった。そして最後の夜、私は天井を睨みながら、決して認めたくはなかったが、何らかの意識のあるものが存在すると仮定した。じゃあ、これを止めさせるには実力行使しかないと決心し、動き回る音のあたりをモップの柄で突いて、「静かにしろ!」と声に出して念じた。そして執拗に逃げ回る音を追いかけ、幾度か天井を柄で突いているうちに、不意に部屋は静かになった。そして、それっきり再び天井の音が聞こえることはなくなった。

知らない人が見ていたら、さぞかし滑稽な様子だったろう。しかし、理屈で説明できないことは受け入れられない合理主義者にとって、目に見えない存在を想定しなくてはならなかったというのは、怖いというよりむしろ屈辱を覚える出来事だった。そして今でも時折、身内の不幸があるときに限って、誰もいるはずのない部屋の人の気配で目を醒まし、しばらくして連絡が来るという体験をする。理屈では説明しきれない不思議なことは、誰にでもあるものだ。

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