私的通信革命史

予定していた旅行の日程がほぼ決まり、この数日はホテルの予約作業を行っている。もちろん、すべてEメールでの通信なので、打てば響くという感じでサクサクと用件が済む。しかし10年くらい前までは、ファクシミリでのやり取りも普通で、お互いに今よりずっと暢気に構えていて、ホテルに予約の申し込みをしても、直ぐに返事が来るとは期待していなかった。申込みをしてから数日後の深夜、こちらがようやく寝た頃に、いきなり電話が鳴り響き、夢うつつでファクシミリの受信音を聞きながら、やれやれという感じで再び寝入ったものだ。

確かにEメールは便利なのだが、わたしは未だにファクシミリの方が安心できる。というのも、まったく見知らぬ相手がどういう人なのか知りたいという時に、ファクシミリの手書きの文章から、結構色々な事柄が読み取れるからである。殴り書きの文章より、丁寧で美しい文字を書く人の方が、やっぱり誠実な人柄が滲み出るものである。だが、国際電話の料金を考えると、やはりEメールが好まれるのは当然である。

ずっと以前、わたしが就職した頃はまだテレックスというものがあり、タイプライターのような端末で、料金節約のために単語を縮めた電報文のようなやりとりをしていた。そして毎晩、10時を過ぎる頃から海外からの情報が入りだすので、その前にテレックス専用紙をセットして退社するのが日課だったと記憶している。しかし、それも僅か数年で終わり、すべてファクシミリ通信に置き換わってしまった。さて今はどうなっているのだろうかと好奇心で調べてみると、5年ほど前にテレックス通信は廃止されていたことが判明した。不便な割に、テレックスは意外に長い寿命を保っていたのである。

大昔、遣隋使や遣唐使の時代には、手紙のやり取りに何年も掛かっていたという。そして命がけだった。近代に入り、国際郵便が整備された頃でも、船便で数ヶ月掛かっていた。しかし、そこからの進歩は驚くべきものだった。たった50年ほど前は、電話がない家も珍しくはなかったのに、今は町中を歩きながらでも、ポケットから名刺入れほどの携帯電話を取り出し、何千キロと離れた人と会話するのもありふれた光景である。このわずか4分の1世紀程度で、私たちは、ほとんどお金を掛けることもなく、瞬時に情報交換が出来るようになった。これまでの長い歴史を振り返ると、私たちは文字通り情報革命のまっただ中で暮らしている。そのような変化を、当たり前のように自然に受け止めていたが、よく考えると、本当に凄い時代に生きているのである。

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