2009年12月8日火曜日

初冬の旅

とある雑誌に、遠い異国の魅力的な居酒屋街の写真が掲載されていた。その写真に写った街の風景は、とっぷりと日が落ち、雨に濡れた石畳は店先を照らす黄色の照明を反射して、えも言えぬ情感を醸し出していた。分厚い扉を開けると、タバコの煙の向こうに男たちの背中が見える。そしてカウンターの奥では、口数の少ない、厳つい顔のオヤジが客の注文を待っている。やっぱり、そうでなくてはいけない。いつかはこんな街で、夜更けまで飲み歩いてみたい。そう思ってから月日は経ち、今回ようやく願いが叶った。

行った先は、イベリア半島の付け根、ビスケー湾に面したバスク地方である。飛行機で半日を過ごし、長距離列車で6時間、そこから更にバスに揺られる。やっとたどり着いたのは、写真で見たのと同じ雨の街。ただし大西洋の北から吹き付ける風は激しく、雹の混じる雨は冷たく浸みて、容赦なく体温を奪っていく。想像だにしなかった手荒な歓迎だ。お気に入りの店を見つけて、早く酒で体を温めろというお告げだろうか。


呑兵衛は飲むのが仕事。たとえ知らない土地でも、良い居酒屋というのは、それとなく分かる。金持ちの多いのは駄目、若者が多いのも論外。音楽のうるさい店も避けたい。ごく普通の中年オヤジや、年期の入った職人風の客がグラス片手に穏やかに寛ぐ店が良い。そういう店なら、どんな土地でも間違いはない。ましてやここはバスクである。どの店から入ろうかと、迷ってしまうほど良い居酒屋が多かった。


問題は何を注文するかだが、酒はまだいいとしても、料理の名前がさっぱり分からない。言葉そのものが分からないうえ、メニューのない店も珍しくないのでお手上げだ。とりあえず、周りの人に指さして「どうだい?」と尋ね、ぐいっと親指が立てられたなら、すかさず同じものを注文する。経験上、まあ、それで失敗することはない。呑兵衛の好むものに大差はないのだから。写真は、豆とモツの煮込み。居酒屋の基本である。

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