遙か遠くの国々

 私は、イギリスの映画や小説が大好きなんです。特に作品の中に見る、彼らの現実的で冷静な観察眼にいくども瞠目させられ、そして不屈の精神力に深い感銘を覚えました。ただし、それは自分を主人公に投影し、彼らの一員として世界を見る限りにおいてのみです。自分にとっての現実のイギリスは、感情的には、むしろ最もお近づきになりたくない国のひとつです。

そのきっかけを作ったのは、中学で夏休みの読書感想文のテーマに会田雄次の「アーロン収容所」を選んだからです。いまでは古典的名著と呼んでいいでしょう。この本を読んで、イギリス人は人種差別をするのではなく、人間と動物を分けるようにして、私たちを区別する人たちなんだと、明確に理解しました。何しろ心の柔らかい年頃ですから、子どもらしいメルヘンチックなイギリス観はたちどころに崩れ去ったものです。

 イギリス人の区別感覚が、もちろん彼らだけに限りませんが、なぜ生まれたかという点について、面白い仮説を立てている本を読みました。鯖田豊之の「肉食の思想」です。簡単に言うと、ヨーロッパでは、気候風土の特質上、大量に家畜を飼って、その肉を食べることで食糧問題を解決したが、キリスト教を受容する過程で人間と食料である動物を峻別する考え方が生まれた、というものです。この自分たちとその他を峻別する感覚が当たり前になり、そこから徹底した階級意識が育まれたと論じます。もちろん現在は民主主義や人権意識の進展と共に、露骨な差別は御法度となりましたが、肉食文化を維持している以上、構造的に決して無くなりはしないことでしょう。

このあたりの実情は、正直なところ、よく分かりません。しかし私たちは、ヨーロッパの支配階級の人々が、たとえ民族が異なろうと簡単に婚姻関係を結ぶ一方で、同じ民族でも被支配階級に対しては残酷なまでの搾取を続けた歴史を知ってます。それ以外にも、たとえば植民地の住人や有色人種に対して、過去にいかなる扱いをしたかも。更に、この区別の感覚を共有する社会が、どれほどの緊張感を孕んでいるかということも想像できます。以前、とある小国の首都に数日間滞在したことがありました。最初のうちは白人ばかりが暮らす豊かな土地だと思ってたのですが、たまたま高級住宅地に近い地下鉄に乗り込んだところ、車内で目に付くのは貧しげな有色人種ばかりで驚愕した経験があります。多民族が共存する社会といいながら、その実態は階級によって使う交通機関さえ異なるという、明らかに区別された社会を実際に目撃してショックを受けたのです。

本書は、細かいことをいえば、ちょっと眉唾な感じのする記述が散見されます。しかし大筋では、欧米的な価値観に微妙な違和感を持つ日本人だからこそ、ストンと腑に落ちる議論が展開されてます。また肉食を維持するため、また小麦からパンを作るため、どのように社会が成立したか、いかなる社会意識が形成されたか、という話は、かなりスリリングです。そうして、欧米社会の成り立ちとの対比で、わが日本社会の特質を考えるに絶好の素材を提供してくれる本だと言えます。

それにしても、母牛のおっぱいを追いかけ回すかわいらしい仔牛さえ、何ら共感することなく、単なる食料としてしか見えないというのは、ちょっと乗り越えられない感覚です。きっと間違っても牛や豚に愛称など付けないんでしょうね。


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