深夜の台所で


その晩は、友人と行きつけの店で酒を飲んでました。日本酒の専門店ですがインテリアはなかなかモダンで、照明を落とした薄暗いカウンターでは、スーツ姿の男たちが静かに酒を楽しんでました。何時くらいからだったか、落ち着いた雰囲気の店内が急にざわついてきました。ちょっと慌てたふうに店を出る人や、不安げに隣の客と話し込む人。何が起きたのだろうと話し声に耳を澄ませると、マンハッタンで・・・、大事故が・・・、と聞こえてきます。とんでもないことが起きていると直感して、友人と共に早々に店を後にしたことを覚えてます。

それからあっという間の歳月でした。事件が起きるまでは、冷戦の終結とヨーロッパの統合、IT技術の急激な進歩、途上国の順調な経済発展などで、それなりに平和で明るい未来を想像していたように思います。その当時もやっぱりダメダメの日本でしたが、製造業がしっかりしてたので、それほど悲観的でもありませんでした。これから先も大変だろうけど、豊かで平和な世界がある限り、自分たちだって何とかやっていけるだろうと考えていたのは確かです。

あれから11年後の夜、数日前に買い求めた桃が熟してきたので、就寝前にジャムを作ってました。細切れにした桃の実を、とろ火で煮るだけの簡単な作業です。スパチュラで鍋肌のジャムをこそげ落としつつ、ゆっくりとかき混ぜながら煮込みます。とろみを付けるために、種も一緒です。それから砂糖は、最初から全部入れずに、甘みを確認しながら分けて入れて、少しずつ好みの味に近づけます。

年齢のせいもあるでしょうが、ずいぶんと考え方や暮らし方が変わりました。ちょっと大袈裟な言い方ですが、何事もなく生きていることが、奇跡的に幸せなことなのだと。そして、これから同じだけの時が経過して、きっとこの平凡な夜を振り返るに違いありません。夏の終わりの静かな夜に、ジャムを煮て過ごしていた時間を。

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