きれいな字を残したい


万年筆、インクとくれば、次はやはり紙。
で、文房具屋にネットで評判のいいルーズリーフ紙を見に行ったのですが、確かにペンの滑りは良さそうですが、如何せん紙が強靱で重い。
紙が上等過ぎるということもありますが、それ以前にただでさえ嵩張ってしまいがちな私のノートには向いていない。
つまり、バインダーにあれこれと関連資料を挟み込むので、嫌でもノートが重く膨れあがってしまう。
自分の用途に限るならば、ルーズリーフ紙はできるだけ薄く軽くでないと困るわけです。

せっかく出向いたのにただ手ぶらで帰るには悔しく、じゃあ増税前だからということで、定番の「ツバメノート」を数冊買い求めました。
仕事用にはルーズリーフ一択なので、これは読書記録用にしましょうか。
「ツバメノート」は、もちろん以前から目にしていましたが、いざ買うとなるとコクヨや生協ノート、この20年ほどはMUJIばかりでさっぱり縁がありませんでした。
ボールペン派には、さほど上等な紙である必要がなかったということです。

で、いろいろとノートを漁っていて、ふと目についたのが写真のお習字ノート。
ペン、インク、紙とくれば、最後に残るは自分の字。
ある調査では、若い人より年配の人の方が、字にコンプレックスを持っているという結果が出ていました。
必ずしも年配者が字が下手で、若い人が上手という訳じゃないのがミソ。
私の経験から推測すると、むしろ周囲に上手な人が多かったからこそ、下手くそが悩んだというのが実情でしょう。
私もいい歳をして、こういうのをレジに出すのは極めて恥ずかしかったですが、一時の恥なら喜んで忍ぼうと・・・。

うら若き泌尿器科の女医さんの打ち明け話ですが、ある老人が思い詰めた表情でやって来て、手術をして欲しいと言われたそうです。
常識的にはもはやその必要などないはずですが、本人曰く「きれいな体で死にたい」と。
まあ、誰にでもコダワリはあります。しかし自分なら、そのお医者さんの顔を見るなり何も言わずに帰ってしまいますがね。

むろん私の場合そこまで思い詰めてはいませんが、希望を言うと「きれいな文字を残して死にたい」。
さすがに草書は無理でも、楷書なら何とかなるのではないでしょうか。
何であれ、新しいことを始めるのに、遅すぎるということはないですよね。



ミシェル・ド・モンテーニュは悪筆過ぎて、自分の書いた字を自分でも読み返せなかったといいます。それにも負けず、よくぞあれだけの著作を残せたものです。
文字の美しさとその内容は別物ですが、しかし文字だってある種の画像情報である以上、同じことを述べても美しい方が、より相手の心に届きやすいのではないかと思います。
自分くらいの年齢になると、そんな切実な文章を書く機会はまず訪れませんが。

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