2016年7月12日火曜日

「無料お試し」を利用する

いきなりハードディスクレコーダーが不調になり、新しいモデルを買うはめになりました。
私は主に、ニュースにドキュメンタリー、情報番組などを録画して、夕食後にまとめて飛ばし観をするという使い方。
ゆっくりと番組を観る時間がないので、エッセンスを拾い上げる必要があるからです。

そこで面倒なのは、おそらく誰でもそうでしょうが、番組表から予約録画するという作業。
数日おきに、番組を取捨選択しながら、リモコン片手に指の運動をするのが苦痛で仕方がない。
しかも古い機種なので、操作時の反応が遅く、これが結構ストレスになっていました。

たまたま、指定したチャンネルを24時間丸ごと録画するという便利な録画機の存在を知りました。
これで面倒な予約が不要になり、後から必要な番組だけをピックアップして鑑賞すれば良いのです。
私の場合は、公共放送だけでも丸ごと録画すれば、かなり予約の手間が省けるということに気づいた。
しかし便利な代わりに値段が張るので、いきなりそっちに飛びつくのは、ちょっとした冒険です。
それでメーカーの無料お試しサービスを使って、約3週間、実際に使い心地を確認しました。

http://panasonic.jp/diga/campaign/brx4020/rental/

実際に使用した感想ですが、確かに予約の手間はなくなります。
しかし今度は、録画した番組を探すのが大変でした。
およそ2週間分の番組が常時録画されていて、その中からお目当てを探す手間は、意外にも予約の手間とそれほど変わらない。
操作に習熟すれば、もっと要領の良い方法があるみたいですが、半月以上使って使えなければいくら時間をかけても自分には無理。
これまで長らく使ってた機械だって、その能力の半分も使えなかったのですから。
もっと単純に直感的に操作できたならよかったのですが、多くの機能を望まない私にはかなりハードルの高い機械でした。
値段からすると高級機の位置づけになるのでしょうが、高級だから多機能という古くさい価値観にはついていけません。
割り切って、デザインや使いやすさにコストをかけるという途だってあるのと思うのですが。

それで結局、同じ会社の単純なレコーダーを購入することになりました。
前の機種とは機能的に変わりませんが、基本的な性能は格段に向上してます。
予約の際に動作がもたついた従来モデルと違って、さくさくと動いてほとんどストレスはありません。
くわえてハードディスク容量が大きいので、少しでも気になる番組があれば、残容量を気にせず気軽に予約できるというメリットもありました。

私にとって「無料お試し」ははじめての体験でしたが、未体験の商品を知る上でかなり得るところが多かったです。


2016年7月9日土曜日

投票箱の前で

昨夜、駅近くの投票所で期日前投票を行いました。
この数年、期日前投票の人が目立って増えてきてませんか。
投票所の入り口で、初めて列に並びました。
もしかすると、前回より投票率が上がりますかね。

ちょっと考えました。
政治に対するどうしようもない無力感について。

近代政治のメカニズムについては習った人も多いことでしょう。
大衆の意見や要望が多様なルートを辿ってリーダー層にくみ上げられ、それに対応する政策が打たれる。次に、これに対する大衆の反応が再びリーダー層にフィードバックされ、更に適切な政策が提示される。
この流れがスムーズに循環するならば、政治に対する信頼が生まれ、国民は安心して暮らすことができるわけです。
人の体でいえば、世論という血液が心臓から送り出され、リーダーたる頭脳に運ばれ、国家という体が動かされるというイメージ。
そして心臓に当たるのが、民主体制なかんずく選挙というシステムなのでしょう。

小さな国ならば、このような政治のモデルが妥当しやすいと思う。
それが証拠に国民の幸福感が高いのは、現に小さな国々ばかりです。
つまり大衆とリーダーの距離が近いため、政治が機敏に活動しやすいという長所がある。
だから政治上の不満というのが少ない。

逆に大国になると、大衆とリーダー層とは生まれも育ちも違い、大衆はメディアを通じてしかリーダーたちとの接点がない。
そうなってしまうと、政治に信頼感など持ち得ないですね。
憲法の教科書に書いてある「投票箱と民主政の過程」なんて、そりゃどなたが政権を担当しようとフィクションです。
ただ、大衆にとって最後の砦が投票箱なんですから、やはり無視しちゃだめなんですけどね。

このような観点からすると、巨大な人口を抱えた国家が投票箱で民主政を実現するなどといったことは、本来あり得ないことだと考えるべきです。
そういう国はアメと鞭でしか統治できないし、国民自らもアメと鞭を上手に使い分けるリーダーを望むはず。


「フィールド・オブ・ドリームス」というアメリカ映画ありました。
若い農民の夫婦が主役ですが、作中、村の公民館で図書館の本の選定を巡って議論するというシーンがありました。
道徳的に好ましくない本は図書館から排除すべきだという保守派の動議に対して、その夫婦たちが舌鋒鋭く反論し、動議を否決するわけです。
これがアメリカン・デモクラシー。
そして、その先にあるものが、大統領選挙というわけです。
つまり地域コミュニティをはじめとする様々な中間団体で執り行われる討議と多数決が積み重なって、あの国の民主政が維持されていると考えて良いでしょう。
大統領選挙が金権選挙であることはもちろんでしょうが、しかしその結果に対して反対派が暴動を起こすというようなことは起きない
それはやはり、日常レベルでの討議と多数決があってこそ、国民に民主主義への信頼が共有されているからですよね。

翻って我が祖国。
戦争後、国の形が大きく変わり、経済成長一本槍で来た結果、地方から都市へ人が移動し、地方は寂れ都市は肥大化、多くのサラリーマン家庭は地域コミュニティを形成することもなく高齢化する一方、子供たちは結婚することなく職場や地域で孤立化する。
日本社会に存在する中間団体は、もはや企業と宗教組織くらいしか残っておらず、討議と多数決の育つ土壌を欠いた社会になってしまっている。
ちょっと名の売れたお笑い芸人が知事になるのは悪いこととは言わないが、そういう人しか選べないくらい、私たちは孤独で寂しい国になってしまったということに気づくべきじゃないだろうか。
こんな寂しい社会で、いのちだ平和だ立憲主義だといわれてもね、なんかぜんぜん的外れじゃないでしょうか。
果たして、その空虚なスローガンで心の灯を点せますか。

2016年7月4日月曜日

若者たちへの助言

参議院選挙が近づいてますが、選挙カーの騒音もそれほどでなく、そこそこに平穏な休日でした。
いつもなら期日前投票を済ませているはずが、今回はいきなりの猛暑で投票に出かける元気を失いました。
投票日に並んで投票するのが嫌なので、なんとか今週中にやっつけておきたいと思ってます。

さて今回の選挙から、選挙権の年齢が引き下げられました。
反対意見もありましたが、わたしは素晴らしいことだと思ってます。
18やそこらで政治なんか分からんという、なんだか意味不明で理解できない意見も多かったですね。
18で政治が分からないというのなら、たぶん50になっても分からないだろうし、この先呆けてしまえば何も分からなくなる。
むしろ、国民全員に選挙権を付与して、赤ん坊や幼児はその親が、その子の利益のために代理で投票する権利を与えるべきだと考えるくらいです。

なぜか。
あまりにも高齢者が増えすぎて、現役世代より政治的パワーが強くなりすぎているからです。
本来人間は利己的であり、政治の世界では発言力の強いものが利益を総取りする傾向にあります。
そうすると、発言力のない子供の未来はどうなってしまうのか、それがいちばん心配です。
極論を言うと、年金受給開始から選挙権を停止して、選挙人の世代バランスを図るくらいのことは必要だと思う。

白状すると、自分とて現実の政治のことは全くわからない。
まして実際に誰に投票すれば良いかなど、人柄や見識がわかっていれば別だろうが、政治家と接点のない者にとって投票はほとんどギャンブル。
わずかな主張と写真と名前で選ぶしかないのですから。
実際そのリスクは、18歳だろうが50歳だろうが、変わらないでしょう。
いや50歳の方が様々な偏見でがんじがらめになっている分、間違った判断をするだろうし。

私の場合、いつも意中の候補者がおらず、投票直前か、ひどいときは投票所で鉛筆を握ってから、目の前のリストを眺めて決めています。
いわゆる無党派の典型行動ですが、しかし政治に関心がないわけでない。
出来れば投票行動で人々に貢献したいと願っている。

しかし、なにもできない自分が選挙でやれることを考えると、それはひとつしかない。
すんわち毎回必ず選挙に行って、できる限り女性と若者を優先し、高齢の男性候補者を引きずり下ろすこと。
彼らが有能か無能かは関係なく、できるかぎりすべての国民の利益が政治レベルで公平に反映させることを狙います。
革新か保守かといった茶番の政治スタンスは無視して、機械的に単純に決定すれば足りると思う。
そうすれば、だれもが難しく考える必要なく、気楽に投票できるでしょう?

民主主義にとって、誰を選ぶかということより、毎回投票することこそが重要。
淡々と仕事を片付けるように投票しましょう。
そうでないと政治に絶望したり飽きたりして、投票に行かなくなってしまいます。それが一番まずい。
以上がこんど初めて投票する若者たちへの助言です。

以上のようなアイデアでこれまで投票してきたのですが、同じ主張をしている方がいて、私の暴論もそんなに的外れでなかったのかなと思ってます。

100年の人生

テレビCMで”人生100年”という言葉が出てきて、ちょっとびっくりしました。数年前から、100年を前提に人生設計すべきということが語られるようになってきましたが、もはや常識のレベルにまで上がってきたということでしょうか 人が当たり前に100歳まで生きる時代が到来するなんて、少し...