2010年6月30日水曜日

ハラマキ


数年前からハラマキをして寝るようになった。1年中というわけではなく、少し体が弱ったり、寝冷えしそうなコンディションの時に巻いて眠ると、翌朝すこぶる調子がいい。逆に元気な時は、熱くなって汗をかき、夜半、中途半端に目が覚めるのでダメなのだ。

これまでは妻愛用の犬のイラスト入りハラマキを時々借りていたのだが、そのたびにハラマキが緩々になると苦情を言われ、それで良いのが出たらきっと買うからと約束していた。そして今シーズン、待ちに待った新作が販売されることになり、気に入ったデザインのが欲しくて、販売日初日に店頭まで出向いて入手したのである。店に入った時は既に品薄の種類もありちょっと焦ったが、あらかじめ目をつけていたものは運よくサイズが残っていた。

買ったのは、抽象画風のハラマキ。本来ならば、何の特徴もない地味で平凡なものが趣味だが、ハラマキに限っていうと、そういうのは全然カワイクナイ。かといってあまり賑やかなのも困ったもので、ちょうどその中間を狙ってみたのである。これなら、ちょっと改まった所に着て行っても決して恥ずかしくない・・・・わけないか。

2010年6月29日火曜日

急がば回れ

先月より始めた「えいご漬け」を使った勉強だが、2巡目も既に後半に入り、依然として中断することなく進行している。当初はしょせん玩具に過ぎないのだからと、それほど学習の効果を期待していなかった。しかし続けているうちに、初心者の英語教材としては出色の出来ではないかと思えるようになった。というのも、およそ学習にとって大切なことは、それを継続するという点にあるが、経験則上はじめの取っ掛かりを作るのが一番難しい。そしてその取っ掛かりを手助けする英語の教材として、場所や時間を選ばず、しかも興味ややる気を持続させる工夫が盛り込まれている「えいご漬け」が最適だと思うのだ。

実のところこのゲーム、私には若干易しかったようで、内容的に暗記の必要な事柄があるわけでなく、語学力診断テストにおいても想定する水準に既に到達してしまった。だから、手応えという点では物足りなく、勉強しながら居眠りすることも再三である。しかし、本当の実力は、ちょうどそれくらい易しい教材を、空で読み書きできるくらい完璧にものにしてから、はじめて自然に付いてくるものだと考えている。知っていることと、それを理解して使えることは別である。テストの出来で納得して、そこで投げ出してしまってはあまりに勿体ない。これからの粘りが本当の勝負である。

「えいご漬け」に種本があることを知り、さっそく古本屋から入手した。ゲーム機上の勉強のみでは、やはり世代的に抵抗があり、参考書や辞書に書き込みをしないとどうにも気持ちが落ち着かないのだ。例文が収録されたCD付きのコンパクトな参考書だが、「えいご漬け」にほぼ完全に準拠していて、併用するにぴったりの教材だった。それから、文法書も同水準で定番のものを探して、これを参照しつつ端から順に潰していっている。例文について説明を求められたとき、最低限の返答ができる程度の理解が目標である。本当に面倒くさく、避けれるものなら避けて通りたいが、まあそれも修行だと観念してしがみつく。さすがにノートを作る時間はないので、付箋にメモして、本の中にぺたぺたと貼り付けている。そして色鉛筆なども買い揃え、だんだんと受験生のような気分を思い出し、そういうことをむしろ楽しんでいる自分に、内心ちょっと驚いているのである。

2010年6月16日水曜日

英語の勉強、途中経過

英語の勉強を始めて、およそ1ヶ月が経過した。当初心配したモチベーションは下がることなく、むしろ次第に闘争心が沸いてきて、自由な時間のほとんどを学習に費やしている。現在は教材のゲームをほぼ一通り終えて、二巡目に入ろうかという段階。年齢的にいって記憶力に頼るわけにはいかないので、すでに持っている知識を正確にして、それをきちんと使えるようにするのが目下の目標である。

だが書き取り練習ばかりでは退屈することもあるので、ちょっと浮気をして続編のゲームにも手を出し始めたところだ。正編は教科書的な英語の基礎知識の確認作業、続編はそこから一歩踏み出した日常会話を重視した構成になっている。ゲームのタイトル通り、まさに「英語が苦手な大人のためのトレーニング」であり、英語が白紙状態の人にはそれなりの努力が要求されるだろう。私にとっては、もちろん続編のハードルが正編よりずっと高く感じる。しかし、教科書的な勉強に飽きたときに、気分転換としてゲーム的な感覚で遊ぶには、ちょうど適しているようだ。

これまで英語は読むことばかりに偏っていて、文章を書いたり、話したりすることはほとんどない。仕事等で英語が頻繁に必要とされるなら早い段階で勉強を始めていたのだろうが、私の場合はせいぜい旅行の準備の際に電子メールのやり取りをしたり、先方と電話したりする程度で、是が非でも英語をマスターするという動機に欠けていた。ただ、旅先で緊急のトラブルが起きたり、イレギュラーな状態に陥ったとき(実は意外と多いのだが)、やはり相当な重圧を受けるのである。だから、せめてそういう場合でも、平常心で交渉できるくらいの英語力をつけたいと思っている。従って、その程度の習熟が取りあえず目先のゴールであり、縁あってせっかく始めた以上は、そこまではしっかりと英語に精進するつもりである。

100年の人生

テレビCMで”人生100年”という言葉が出てきて、ちょっとびっくりしました。数年前から、100年を前提に人生設計すべきということが語られるようになってきましたが、もはや常識のレベルにまで上がってきたということでしょうか 人が当たり前に100歳まで生きる時代が到来するなんて、少し...