2010年10月19日火曜日

家庭菜園で使うハサミ


先月から野菜の高騰が続いている。値段が高いだけでなく、そもそも品物がないのには困った。スーパーの野菜売り場はガランとして、すこしも活気がないのだ。だから今は葉物を諦めて、もっぱらカボチャや大根の煮物などでしのいでいる。元来、無い物ねだりはしない主義なのである。

もっとも手をこまねいているというのも嫌なので、少しでも食事の足しになればと思い、先月から家中のプランターや植木鉢を総動員して野菜の種をまいた。それがちょうど良い具合に暖かく、雨も都合よく降ったせいで、野菜たちはすくすくと育っている。そうしてこのところ、毎朝起床したら直ぐに野菜の摘み取りをするのが日課になった。おかげで朝食では、量は少ないものの、香り豊かで新鮮なサラダを楽しんでいる。


写真のハサミは昨年旅行した折、調理器具の専門店でハーブ採取専用として陳列されていた物である。刃先が小さく尖っているので、混み合った葉に分け入り、お目当ての葉っぱだけを選んで採取するのに適している。そして真ん中に空いた穴は、ローズマリーの葉をしごいて取るためのもの。家庭菜園を趣味とする人たちには、このようなハサミを是非お勧めしたい。

2010年10月16日土曜日

夜の展覧会

上村松園展」に行った。これまで、バラバラにしか見ていなかったので、今回の回顧展は全体を俯瞰するのにちょうどいい機会だった。作品は10代から始まり最晩年まで、よくこれだけ集めたものだと思わせる展覧会だった。上村松園は、いわゆる「美人画」というカテゴリーの作家だが、わたしは人物の描写が抽象的になっていく後期の作品群が気に入っている。遙か遠くに焦点がある視線の曖昧さ、言葉を発しない表情、これらは人物の意識が外でなく内側に向けられていることを示している。画面の余白は、透明で硬質な精神の広がりを暗示していた。そして後期の作品群は、まさに作家が精神の高みを目指して精進し、妥協なく積み上げられた巨石のような印象を受けるのだ。最後に代表作のひとつ、松園自身が理想の女性像として描いた「序の舞」を見ながら、わたしは京舞の人間国宝だった井上八千代の舞姿を思い出していた。

今回は人気の展覧会だったので、土日はパスして、金曜の夜に行ったのだけれど、みんな同じことを考えていたらしく、夜のチケット売り場の前は長蛇の列。やっと館内に入っても、非常に混み合っていて思うように鑑賞できなかった。6時過ぎに入館して、一通り見終わったのが7時半、もう一度大切な作品だけを見ようとしても残された時間は30分だけ。本来ならば、途中でお茶でも飲んでゆったりと休憩を取り、その後気に入った作品だけを堪能したいところだが、実際は時計を気にしながら疲れた体に鞭打って会場内を右往左往した。

いつも悔しく思うことだが、せっかく時間を割いて贅沢を楽しもうとしているのに、どうして公共の文化施設はそのニーズに応えないのだろう。都心の美術館であるにもかかわらず、通常の閉館時間が5時だなんて、勤め人に美術鑑賞は必要ないといっているに等しいし、ちょっと手軽に飲食したいと思ってもそういう設備も用意されていない。おまけに一旦会場外に出たら、もはや再入場が許されない。「外国では」などと引き合いに出すのは憚られるが、再入場が許される有名美術館だって現にあるし、館内の休憩設備が貧弱なところならばなおさらそういうサービスがあって然るべきだと思う。国立近代美術館は、昔から気に入っている美術館だけに、その点がとても残念なのである。

2010年10月13日水曜日

つらつらと思うに

このところ正義とか愛国心とか、なじみのない言葉が流行っているようだ。どちらも腹に収めるには、ちょっとばかり抵抗のある言葉である。正直なところ、具体的場面でこれらをどのように使うのか、わたしにはよく分からない。「あなたには正義がないのか」とか「愛国心を持て」とかを、他人に言い放つ自分が想像できないのだ。心の中ですら、そんな言葉使わないのが普通だろうにと思う。

「愛とは決して後悔しないこと」という有名な台詞がある。つまらない映画だったけど、この台詞はいいところを突いていた。愛する人のためなら、誰だって犠牲を払うことを躊躇しないし、そうしたことで後悔する人は少ないだろう。多分。「愛国心」の場合はどうなのか。極端な想定だけど、何度も戦争に駆り出され、最後に命を犠牲にすることに後悔はないのか。純粋に自分の意志でならまだしも、拒絶の許されない絶望的な状況で。

父は、典型的な貧乏人の子だくさんという家に育ち、まだ小さい頃に父親を戦争で失った。戦死したのは2度目の招集のあとで、部隊では一番年嵩だったという。それから、年の離れた長兄が戦死した。家族思いの優しい兄だったらしい。泳ぎが抜群だったので海軍に回されるのを心配し、家族のためにも陸軍に行きたかったのだが、その望みは叶わず魚雷の攻撃で帰らぬ人となった。働き手を立て続けに失い、父が進学を諦めようとしていたとき、教師をしていた叔父が親戚中を説得してくれた。その叔父も、無事終戦を迎えることなく父親や長兄と同じ運命を辿った。数年前、父とともに靖国神社を訪れ、近くの蕎麦屋で日本酒を傾けながら、口数の少ない父が珍しくそんな少年時代の出来事を語ったのである。

先日亡くなった小林桂樹の映画『名もなく貧しく美しく』を見ていて、とても美しい台詞に出会った。ろう者の夫婦が厳しい生活を送りながらも、「わたしには、この小さな家が天国です。」と語っていた。毎日の糧を求めて懸命に働くこの主人公たちには、およそ愛国心とか正義という言葉は似合わない。そしてわたしの父からも、かつてそんな勇ましい言葉を聞いたことがない。毎日忙しく暮らしていると、そういう言葉が収まる隙間がないのだと思う。

2010年10月3日日曜日

コンサート

キース・ジャレット・トリオのコンサートに行ってきた。あるブログでコンサートのことを知り、もしかすると今年が最後の公演になるかもしれないと思い、公演日直前にプロモーターに電話を入れてチケットを押さえたのである。

前回このトリオを聴いたのは、遙かむかしのこと。そのときはキース・ジャレットの演奏をステージの傍で見ていたが、パンチパーマ、革パンツという出で立ちで、目つきの鋭い、怖そうな人物という印象だった。そして今回、想像はしていたがメンバー全員が本当に年をとった。髪は白くなり、痩せて、そして少し背中が丸くなったように見えた。もちろん演奏自体はプロ中のプロだから、文句の付けようがない素晴らしさで、しかも以前聴いたときよりずっとリラックスして楽しめる演奏だった。

いつも何かの公演があるとき、どのような人たちが来ているかと関心を持つのだが、今回はちょっと特別だった。上は70代、下は20代まで。カップルにグループ、仕事帰りの勤め人に学生さん、異人さんもちらほらと。通常、客の構成は偏るものだけど、珍しくこのコンサートでは程良くバランスしてて居心地が良い。それだけこのトリオが幅広いファンの支持を受けているということだろう。

コンサートの翌日は雨。クルマにキース・ジャレットのCDを何枚か持ち込み、ランダムに流して聴いた。はじめて彼の生演奏を聴いたとき、わたしはまだティーンエイジャーだった。そしてそのコンサートのあと、晩秋の冷たい夜道で彼に出くわし、なんと言っていいか分からず棒立ちになったものだ。記録に残された演奏は永遠だけど、時間は止めようもなく流れていく。

2010年10月2日土曜日

ユル・ブリンナーのCM



いまだに忘れられず、強く印象に残っている広告がある。それは肺癌で闘病中のユル・ブリンナーが禁煙を訴えるテレビCMである。余命を告知されていた彼は、自らの遺言として「タバコを吸ってはいけない」と訴えた。CMが実際に放送され、人々がそれを見たのは彼の死後のことだった。数々の映画に出演して名作を生んだ俳優の、人生最後の心の底からの訴えかけに、その当時多くの人たちが感動したことだろう。

それからのち、わたしは幾度も禁煙を試み、そのたびに諦め、再び禁煙するというドタバタを繰り返した。そしてタバコを吸わなくても平気という状態になるまでに10年かかった。成功のきっかけは体力維持のためにと、軽い気持ちで始めたジョギングだった。皮肉なことに、そのとき禁煙の意識はなかったが、長距離を走ろうと練習するうちに、自然とタバコを口にしなくなったのである。ちょうどタバコ1箱が220円の頃だった

タバコを吸っていた頃の家計簿を見返すと、平均して1週間に10箱、1年間に500箱くらいは吸っていた。今にして思うが、こんなに大量のタバコを吸っていたなんて、やっぱり尋常じゃなかった。そして偶々であるにせよ、自然にタバコ離れできたことは本当に幸運だったと思う。日本では、減少しつつあるとはいえ、いまだ男性の三分の一以上が喫煙者である。そして今月からタバコの大幅値上げ。こんどこそはと禁煙にチャレンジする人も多いことだろう。そういう人のために、ユル・ブリンナーのCMを是非ご覧いただきたい。

100年の人生

テレビCMで”人生100年”という言葉が出てきて、ちょっとびっくりしました。数年前から、100年を前提に人生設計すべきということが語られるようになってきましたが、もはや常識のレベルにまで上がってきたということでしょうか 人が当たり前に100歳まで生きる時代が到来するなんて、少し...