2011年9月28日水曜日

秋なので酒の肴


寝ているうちに布団を蹴飛ばし、寒くなって目が覚めることが多くなった。食欲の秋だ。つまりは酒のうまい秋なのだ。とはいうものの、野菜の高騰が続き、思うような食材がぜんぜん手に入らない。エセベジタリアンとしてはかなり辛い日々である。

それで乾物とか瓶ものを使って、ちょっとした酒の肴を作った。ドライトマトをオリーブ油に漬け込んで、缶詰のオリーブ、大蒜、ハーブ等を適当に放り込み、数日間放置するだけ。香りを楽しみたいので、ハーブはたっぷり入れる。油だけをパンにつけて食べてもいいし、具のほうをお好みの食材と合わせても美味い。なにかと重宝する酒の肴なのである。

2011年9月25日日曜日

曲がり角の向こう側

原発を廃止するとしても、当面は原発以外の既存発電所で電力需要に対応しなくてはならない。自然エネルギーを活用する新しい発電所が建設されるまで、おそらく10年以上はかかるだろう。日本はエネルギー自給率が極端に低い国だ。原子力を含むと18%、含まなければたったの5%。つまり原発を廃止するということは、他国に比べてより重いハンデを背負って競争し続けなくてはならないということを意味する。そして競争に勝てば、これまで通りの豊かな生活を享受できるかもしれないし、強い国力を背景とした平和も維持できるだろう。もし負ければ世界的な資源インフレに巻き込まれ、食料の確保すら難しくなる。また、やる気満々の周辺諸国の挑戦を招く可能性も否定できない。

そして更に、それ以上にやっかいな問題が持ち上がっている。石油の生産量がすでにピークに達し、これから石油供給量が激減していくと予想されていのである。つまり石油に支えられた世界経済そのものが成長力を失い、限られた資源を廻って国家間の緊張が高まることを意味する。ただでさえ食料、資源、エネルギーの自給率が低く、加工貿易で食べている我が国にとっては、石油が確保できなければ、経済活動はもとより社会の秩序さえ失いかねないのである。その影響の大きさは、原発問題を遙かに上回るだろう。思うに、福島第一原発事故が収束に向かうより先に、ピークオイル問題がわたしたちの生活に想像もしない大打撃を与えるのではないかと考えている。

テレビも新聞も、毎日のように原発事故と放射性物質の問題を議論している。確かにそれらは間違いなく重大な問題だが、単純な事故災害の問題ではなく、確実に到来する石油文明の終わりと関連づけて議論しないと、本来救えるべき人たちまで救えなくなるのではと憂慮している。3.11はすべての日本人に深刻な問題を突きつけ、歴史のコーナーを大きく曲がろうとしている。そしてその先に見える風景を、どれだけの人が想像しているのだろうか。

2050年は江戸時代」、石油文明が終わったあとの日本人の暮らしを考えるに、様々なヒントを与える良書である。ここに描かれる社会は、もしかするとベストシナリオかもしれないと思う。

2011年9月20日火曜日

昭和60年に戻ろう

原発廃止デモが、各地で行われている。近い将来、大規模な地震発生が危惧される現状では、原発の運転は中止すべきだし、将来的にはそれが国民の利益になるだろう。だからデモの主張自体には共感する点が多い。ただ、原発を廃止すれば、短期的には基幹産業の縮小や、ひいては生活水準の低下をもたらすことは確実だ。従って原発廃止を主張するからには、同時に社会の混乱を最小限にとどめるアイデアなり長期的なエネルギー政策のグランドデザインが提示されなくては無責任だと思う。

太陽光発電で原発分を補うという大風呂敷は無視するとして、それ以外の手段で二酸化炭素の排出を抑えながらコストに見合う発電を行うのは至難である。仮に可能であっても、それだけではおよそ現在の需要を満たすことは出来ないだろうし、何より時間がかかりすぎる。とすれば残された方法は唯ひとつ、電力需要の徹底的な削減しか途はない。納税の義務を果たさなければ国家が成り立たないように、節電しなければ社会生活を維持できない。そう考えれば、憲法にある国民の義務に、更に加えて節電節約の義務を加えても悪くはないだろうと・・・、むろん悪い冗談である。

問題は、どの程度電力消費を削減するかであるが、多くの人たちにとって受け容れ可能な水準として、一応文化的な生活の維持が目安になるだろう。我が身を振り返ると、洗濯機と冷蔵庫があれば日常生活に十分だったし、これにクーラーが加わるとまずまず快適な暮らしだった。その他の文明の利器は、まあ付け足しのようなものである。わが家では昭和60年頃の暮らしがちょうどそうだった。

それで4半世紀前のわが家の家計簿を調べると9月の光熱費は8747円(ちなみに新聞購読料は2600円、タバコが220円だった)。電気とガスを合わせた金額で、実際の使用量の内訳は不明である。ただその頃は深夜電力で電気給湯器を使っていたので、電気使用量は他所より多かったかもしれない。しかしその反面、ガスコンロしか使わないので、結果トータルでは二人所帯としては平均的かも。主に使っていた家電は小型冷蔵庫と洗濯機、エアコン、掃除機、炊飯器、オーブントースター、ポータブルテレビくらいだった。まるで中国の一般家庭並みだが、暮らしていて不満は全然なかった。統計によると、当時の家庭の平均電力消費量は、現在の約半分だということである。とすれば、社会的な節電目標にするのにちょうどいい時代ではないだろうか。

さて、4半世紀後の今月の状況だが、あれから新たに加わったのがパソコン、電子レンジと温水トイレ。消えたのが電気給湯器。そして今月の電気使用量は193Kwh、4344円。ガスが2065円で、両方併せて6409円。あの当時より光熱費が少ないのは節電努力もあるだろうが、それ以上に家電の省エネ化が進んだのが大きいのではないか。そんなわけで、これからも省エネに真剣に取り組めば、電力使用量を半減させ、原発を全廃するのも決して夢ではないと愚考する。

そしてこのエントリーを仕上げる過程で知ったのが、「1985年のエネルギー消費生活に進もう!」という運動。たまたま同じ考えの人たちを知ったことで、自分の考えが全くの空理空論でないと勇気づけられた。必要なエネルギーを、本当に必要な分だけ無駄なく使うように意識すれば、わざわざ動員をかけて原発反対の幟を振り回さなくても、原発は自然に不要となるだろう。

2011年9月12日月曜日

雲を眺めながら


20世紀は映像の時代だといわれた。戦争や飢餓や災害、大事故に遭遇して苦しむ幾多の人々の生々しい姿を、メディアを通じて嫌というほど見てきた。時々なにかの弾みで思い出しては、あれは果たして現実だったのだろうかと訝しむほどだ。同じ時代に生を受け、なぜこれほど苦しまなくてはならない人々がいるのかという問いを、映像の時代に、わたしたちはずっと突きつけられてきたのだ。


妻と散歩していると、目の前の開けた場所から青空が広がり、真っ白に光り輝く雲が群れをなして、ゆっくりと流れていた。そのずっと上空には、幾つもの筋雲が伸びている。「かわいい雲ねえ。」確かに、妻がそう表現するにぴったりの、穏やかで、陽気な初秋の風景だった。


「いのちの大切さ」、などという手垢のついた言葉ではとうてい足りない。この場所に立ち、こうやって暫し雲の流れるのを楽しんでいる、そういう時間を過ごせることがどれほど奇跡的なことか。あれからもう10年、あれから半年、そしてこれからも起きるであろう悲しみに満ちた出来事・・・。決して繰り返されることはない、あまりに意識されない日常の一瞬こそが、かけがえのない時間なのだという気持ちで生きていけたらと思う。