2007年7月27日金曜日

マイブーム

 
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今夏のバーゲンセールで、念願の蒸し器が買えた。蒸した野菜が美味しいことはわかっていたが、これ以上余分な道具を持ちなくないという思いもあった。そこで多用途に使える鍋みたいなのはないかと探していて、たまに覗いている店に希望通りのものを見つけたのである。しかし、少し高価だったので辛抱して、バーゲンになるのをずっと待っていたのだ。

毎晩のこと、たいていは野菜料理とパンと酒という素っ気ない食事なので、そこに蒸し料理が加わるというのは、おかずの幅が広がり嬉しいことだ。もっともさほど特別なことはせず、適当に野菜を浅く蒸して、これにオリーブオイルと塩と香辛料を掛けるだけ。馬鹿みたいな料理だが、野菜好きにとっては水っぽいサラダより数段うまい。

今の時期ならトウモロコシに、ブロッコリー。蒸したてを塩もかけずに、パリパリ、ポリポリと青虫にでもなったつもりで無心に食べる。酒の肴とは言い難いが、蒸し暑い夜に、旬の野菜を腹一杯味わうのも悪くない。似非ベジタリアンの、マイブームなのである。

2007年7月25日水曜日

新しいトート

 
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ビジネスバッグというものが性に合わなくて、特別に必要がない限りトートバッグを愛用している。書類だろうがパソコンだろうが、とにかくざっくり放り込んで、ひょいと肩に掛けて運ぶという軽快さがいいのだ。それによほどのものでない限り、何でも収容できるというのもありがたい。仕事帰りに食料品店に立ち寄り、バケットや酒瓶などを突っ込んで家路を急ぐというのもトートバッグならでは。そのようなわけで、わたしは海外にでもトランクの他に、使い慣れたいつものトートを持って出かけるのが習慣だ。

今回の京都行きには、手ぶらで回るつもりだったので、トートバッグを持たなかった。だけど観光しているうちにやっぱり必要になってしまって、一乗寺の書店にあったオリジナルトートバッグを購入することにした。必要に迫られて仕方なく入手したものだが、使ってみるとこれが意外に良い。厚手のしっかりとした帆布に、丈夫で長めの持ち手。そして通常のトートバッグよりややスリムなので、肩に掛けて使うのにぴったり。それに底面の両角にカーブをつけているので、結構おしゃれでスマートに見える。本屋のトートにしては上出来、いい京都土産になった。

2007年7月24日火曜日

カフェ、寺、本屋に美術館


朝5時に家を出て、京都に着いたのが8時過ぎ。いつもならイノダで朝ご飯だけど、きょうは目先を変え、市バスに乗って今出川のカフェまで行ってみる。店の外観といい、店内の雰囲気といい、臆面もないフランスかぶれっぽさが反って潔いカフェ。期待していたパンの味はボチボチだったけれど、ミルクたっぷりのカフェオレが予想外に美味い。


カフェを出て、再びバスに飛び乗り、今度は寺巡り。最初は龍安寺。夏の朝の、静かな石庭を楽しもうと思ってたのだが、北国の熊たちが騒々しくて早々に退散するはめになった。でも、広い池には美しい蓮の花が満開で、それだけでも来た甲斐があった。次、仁和寺。入り口まで行って、中の広さに怯えてそのまま退散。次、金閣寺。小学校5年生の秋の遠足以来の訪問だが、印象は全然変わりまへんなあ。ふと時計を見ると、もう正午。


バスは北大路を東の端に向けて走り、懐かしい植物園を左に見、そして鴨川を渡って停車。ここから、地図を頼りに、本屋を目指す。本当にこっちでいいのかなと不安になるような場所に、周囲から隠れるようにあるのが恵文社。でも窓越しに見える店内の様子は、たとえ本好きでなくても憩えるような、落ち着いたカフェのようだ。今時の書店にしてはコンパクトだが、腕を伸ばせば読んでみたい本にすぐ手が届く。その親しみやすさが、とてもいい感じ、京都の学生さんが羨ましいぞ。


いくら市バスを乗り継いでの観光といっても、さすがに半日も歩き回れば汗びっしょりになって、不快なことこのうえない。ちょうど目の前に図書館があったので、トイレを借りて、顔を洗い汗を拭う。外見は古めかしいが、館内は真新しく非常に快適。身なりを整えて、めざすは最後の目的地、京都市美術館。これが目的で京都に来たわけではないけど、遊ぶ日は目一杯楽しみたいので、無理矢理スケジュールに組み込んだのだ。昼飯抜きで辛かったけれど、誰にでも楽しめる名作ぞろいで、ちょっと得した気分。そして、締めくくりは先斗町で湯葉料理とビールでシャンシャン。市バスで巡る、ハードで楽しい京都観光だった。

2007年7月17日火曜日

巡回


休日は図書館巡りの日。ブログ等で紹介されていた良書は、取り敢えずその場で図書館に予約を入れて、休日になると取り置きしてもらっていた本を回収して回るのが、毎週の決まり事のようになってしまった。そして、それだけでは時間が惜しいので、ウォーキングも兼ねての図書館巡りをするようになってしまった。

このごろの図書館は、どこもネットで予約が可能になったので、近隣の町も含めて読みたい本はすべて図書館から借り出すことにしている。そして読んでみて本当に必要だと思った本だけ、改めてネットを利用して購入することにしている。こうすることで本屋で無駄に立ち読みをする必要もなくなり、余分な出費をすることもなくなったけれど、逆にそれは出版社や書店にとっては厳しい状況を生み出しているのだろう。

今日は隣町の図書館まで遠出。40年前にできた古い図書館だが、ここは雰囲気がいいのでお気に入りの図書館である。きっと昔は、夏は受験生で一杯だったのだろうが、いまでは一線をリタイアした年配者たちが主なユーザーになっている。帰りは緑深い遊歩道を歩きながら、スナップ写真を撮る。もう少し行くと樋口一葉の墓所がある。お札の肖像画になってしまって、一葉はきっとあの世で苦笑いしているはず。

2007年7月15日日曜日

アゲハチョウ


ベランダの植木鉢の中で、アゲハチョウが死んでいた。強い風雨の中、ようやく我が家の軒下にたどり着き、そしてほっと一息つく間もなく、小さな命を燃やし尽くしたのだろう。そっと拾い上げて掌にのせると、生命の余韻のようなフワッとした温かさが広がった。大自然のメッセージ、ありがたいことです。

2007年7月11日水曜日

ジャッキー&ロイ


Amazonから注文していたCDが届いて以来、このところそればかり聴いている。半世紀にわたり、夫婦でジャズを歌い続けたジャッキー&ロイ初期の作品である。それなりにジャズボーカルを聴いてきたなかで、これはわたしにとってベスト10には入れたいほど愛着のあるCDなのだ。

もちろん歌唱力は文句のつけようがなく、むしろそれ以上に、二人のコーラスからにじみ出る温かい情感に魅了される。夫唱婦随というと嫌われるだろうが、ロイの誠実なリードやジャッキーの深い信頼が、聴き手にえもいえない安心感と幸福感を与える。そしてなんといっても、ジャズボーカルの楽しさを満喫させる、小粋で洗練されたコラースの完成度はちょっと類を見ないほどである。さらにもうひとつ、ジャケットのデザインも見逃せない。中身に負けないほど、垢抜けていて、そして少し尖った感じがかっこいい。

以前、同じものをLPレコードでも持っていたのだけれど、レコードをまとめて処分して以来、不用意に二束三文で売り払ってしまったことをずっと後悔していた。それが偶然、再発売されていることを知り、本当に久しぶりに愛聴盤との再会を果たすことが出来たのである。蒸し蒸しとした不快な天候が続く毎日だが、そんな時こそ楽しい音楽を聴いて心の除湿といきたいものだ。

2007年7月9日月曜日

携帯電話


滅多に物を欲しがらない妻が、珍しく携帯電話が欲しいと言い出した。よほど困っていたらしく、すぐに連れ立って近所の電話屋を見て回るが、二人してたちどころに疲れ果ててしまった。というのも、店の人と会話のリズムが噛み合ない、何を言っているのか理解できない、こちらの問いに対して端的な答えが返って来ない等々、猛烈にストレスが溜まって買い物をしようとする気が失せてしまったからである。

複雑で理解しにくい商品は、例の加工食品会社と同じで、多少なりとも嘘が混じりやすいものだ。だったらできるだけシンプルな料金体系で、複雑な機能を持たないものが信頼できるだろうと考えた。そこで改めてプリベイド電話を探してみると、期待に反して電話のデザインは嫌がらせのような出来で、いかにも商売する気がないという雰囲気が伝わってくる。それでもプリベイド事業を続けているのは、現在も使い続けている顧客への、たぶん最低限の責任を果たしているというのが本音だろう。音声通話のみで年間1万円ぽっきりでは、電話会社も稼ぎようがないというわけだ。

結局、例によっていつもの展開となり、最低限の機能、我慢できるデザインの、出来るだけ安くて、単純なプランを選べる電話はないにかと探したら、たったひとつだけ、写真の電話が最後に残った。何の個性もなく、これといった印象もないが、逆にこれから何年も使おうと思うと、これくらい素っ気ない方が愛着が沸くというものだ。それにしても携帯電話の料金プランの複雑なことといったら、そしてオプションの不明朗なことといったら、まるでジャングルの暗がりに迷い込んだ遭難者のような気分である。

100年の人生

テレビCMで”人生100年”という言葉が出てきて、ちょっとびっくりしました。数年前から、100年を前提に人生設計すべきということが語られるようになってきましたが、もはや常識のレベルにまで上がってきたということでしょうか 人が当たり前に100歳まで生きる時代が到来するなんて、少し...