2008年1月31日木曜日

広辞苑のこと

これまで、国語辞典といえば大辞林を愛用していたが、パソコン等の事務機器が占拠する机で使用するには大きすぎるきらいがあった。先日、本屋でそれよりは一回り小さな広辞苑を手に取って、その使い勝手をみてみると、紙質といい活字の具合といい、わたしにはちょうど頃合いの印象を得た。もともと広辞苑を嫌っていた訳ではなく、それがメディアなどで頻繁に引用されることが多く、ちょっとへそ曲がりの虫が騒いで大辞林を使っていただけなのである。

行きつけの古本屋で広辞苑を探してみると、タイミングよく、使われた形跡のない第四版が格安で売られていた。最新版でなくても不便はないので、早速に連れて帰り、硬くなった装幀をほぐして、本が滑らかに開くように躾ける。この辺りは、小学生時代の恩師の教えが、未だに生きている。配布されたばかりの教科書を、扉が正しく開くように、丁寧に折り返しを付け、それから背表紙にも折り目を入れて、読みたい部分が即座に開くようにするのである。三つ子の魂百まで、だ。

ちなみに装幀デザインは安井曾太郎。緑を含んだ明るい青の表紙に、水辺の草の模様が浮き出ていて、何ともいえず上品な和風。一方の大辞林は、金糸の入ったカーテン生地のような模様が特徴。ライバルに、いまひとつ及ばないところがあるとすれば、そのセンスの違いかもしれない。広辞苑の方は、初代から最新版までずっと同じ装幀で、日本を代表する国語辞典としての、定番商品のプライドが感じられるのだ。

2008年1月28日月曜日

D.I.Y.

冬になって、台所の混合水栓の調子が急に悪くなった。水栓の台座から水が漏れ、レバーの動きも鈍くなってきた。そこで修理のため業者に見積もりを聞くと、「!?」なのである。ことのついでに新品の混合水栓の値段を調べると、店によっては定価の3分の1程度で取り寄せることができることが判明する。修理するのと自前で新品に交換するのとでは、コスト的には変わりがないのだ。

水道工事はまるで経験がないが、自分で新しい蛇口に取り替えるだけの価値はありそうだ。それが素人にも可能なのか調べてみると、写真入りで丁寧な解説をしているサイトが見つかった。必要とされる技能は自転車修理程度か、一般的な工具さえあれば問題がないようである。そこで最安値のところから、気に入った水栓を注文すると、作業手順が添付された商品が数日で送られてきた。

ところがいざ作業を始めると、予想以上に難しいことがわかった。流しの奥の、身動きの取れない、暗い場所で作業すること自体が、相当に骨の折れる仕事なのだ。これが夏場だったら、暑さで音を上げることだろう。もう一つは、漏水防止のためだろうが、配管の継ぎ手がきつく締められていて、部品交換に腕力を必要とすることだった。結局、通常ならば30分程度の作業なのに、流しの奥の悪戦苦闘で、2時間近くもかかってしまった。

大変な思いをしただけに、真新しい混合水栓は清潔で、すこぶる快適。新旧どちらの水栓も、同じ会社のスタンダードな商品だが、新しい方は材質からしてずっと高品質な印象。加えてシャワーもついているので、台所の片付け係としては、うれしくて仕方がないのである。他にも交換したい水栓があり、そちらはずっと難易度が低いので、折りをみて順次交換していきたいと思う。

2008年1月6日日曜日

古物ヘッドホン新旧

暮れも押迫った頃、急にヘッドホンの調子が悪くなった。ピアノのフォルテの部分で、微かにジジッ、ジジッと異音を発する。いよいよ寿命が来たのだ。思えばステレオアンプを買った際に、残りの予算でスピーカーかヘッドホンかを選ばなくてはならなくなり、中途半端なスピーカーよりも、評判の良いゼンハイザーのヘッドホンを、将来まで役立つだろうと思って決めたのである。それから想像以上に長く使い続け、パーツを取り替え、補修をして、そしてようやくモノとしての使命を終えたのだ。

ゼンハイザーの歴史的名機として知られた、そのHD414は後に記録的ロングセラーとなり、デジタル全盛となった今もパーツの供給が続けられている。軽やかでバランスのとれた、音楽を楽しむのに過不足ない音に馴染んでしまうと、敢えてそれ以上の製品を欲しいと思わなかった。いわば「足るを知る」という言葉がぴったりくる製品。そこが、いまだに世界中で愛用者がいる所以なのだろう。

急いで壊れたヘッドホンの替わりを探したが、気に入るものが全然見つからなかった。なによりも、実際に聴いてみないと分からないというのが、ひどく煩わしかった。これまでと同じゼンハイザー製ならば無難だろうと思ったものの、こっちの方は特に値段に不満がある。そこで、ふと思いついて、戸棚の奥から引っ張りだしたのが、知り合いから譲り受けたHD414SLという、微妙に型番違いのヘッドホンだった。これはずっと以前にパーツが手に入らなくなり、耳当てスポンジがないまま、使うことなく保管していたものだ。

なければ工夫、断然作る。そう、自給自足の精神。既に使う当てのなくなったHD414の耳当てスポンジを代用して、これを適当な厚みにスライスして形を整え、その上から布をかぶせ、周囲を輪ゴムで止める。取り敢えずの簡単な工作だけど、思いのほか実用に堪えうる形になる。再びピアノのフォルテを鳴らしてみると、ハンマーに叩かれた弦が唸りをあげて共鳴する様子が、明瞭に聞こえた。今まで聴くことのなかった音だ。それならばもう充分、見栄えが滑稽なのも個性のうちと割り切って、お下がりの古物ヘッドホンを使うことに決めた。それにしても、なぜか妙に音が良いではないか・・・。

・「ショパン:12の練習曲」マウリツィオ・ポリーニ
HD414に引退の引導を渡してしまったアルバム。奇しくもヘッドホンと同時期に買った、ポリーニの演奏する愛聴盤である。これを聴きながら深夜の高速道路を運転していて、知らないうちにスピードを出しすぎて怖い思いをしたことも度々。それくらいハイになってしまうほど、常識的な美しさを超えた、冷たく燃え上がるようなショパンの練習曲である。

2008年1月5日土曜日

電話セールス

マンション販売業者から、電話がかかってきた。頭ごなしに切るのは乱暴な感じがするので、たいていは面倒だとは思いつつ話を聞いている。しかし、いつも決まりきったセールストークで、少々うんざりである。

今日も例によって、「毎月の家賃がもったいないですよ。家賃並みの支払いで、持ち家が・・・」という話になって、思わず悪態をつきたい衝動に駆られてしまった。
「あなた、携帯電話持ってますね。もしかして、それ、電話会社に25年分の通話料をローンで先払いして、月々それを分割払いしているわけないよね。」
「住宅だって、同じでしょ。後払いか先払いかの違いはあるけど、毎月使う分だけ払うのだから、通話料と同じで別にもったいないわけないと思うよ。」
「それに家賃がもったいないと言うけど、ローンの利息を払うのだってもったいなくはないの。」
「最後には家が残ると言うけど、それって例の『使っても減らないお財布』みたいな話だね。」

暇つぶしするだけの時間があれば、そういう会話も楽しんでみたいのだが、今回も黙って聞いて、欲しくなったらそのときに世話になると言って電話を切る。人それぞれに住宅に求めるものが違うのだから、「マンション要らないですか?いまのところ関心ないよ。ガチャッ」で終わってもよさそうなものだが、意外にもそうならない不思議。もちろん所詮はセールストークに過ぎないのだが、借家=損、持ち家=得、という判断を前提に、しかも当然みたいにローンを組んで家を買えと言われると、ちょっとカチンとくるのだ。あなたのそのクルマ、マイナーな上にボロだから(事実なのだが)、月賦でペンツ買いませんかと、当たり前のように言われて気を悪くしない人はいないと思うのだ。

持ち家が必要な人は、電話セールスしなくても、自分から物件を見に来るだろうし、必要のない人は無関心であっていいはずだ。だから宗教と不動産の電話セールスは願い下げにして欲しい。特にいかんなあと思うのは、その必要のない人にまで、持ち家信仰を吹き込んで、不要のリスクを取らせていることなのだ。将来の不安や損得勘定をセールストークにするのは、馬鹿にされているようで不愉快だし、それよりもなによりも、「おいっ、そのマンションの名前だが、それじゃ恥ずかしくて買おうという気にもならないよ。」

2008年1月4日金曜日

記録をつける

そろそろ緩みきった褌を締め直さなくてはと、延ばし延ばしにしている雑用を片付ける。手始めにエクセルで記録し続けている家計簿と日誌の新年度版の作成をした。これは最初はノートに手書きだったが、Macがやって来てからずっとエクセル頼みなのだ。そのころはExcel2.0といって、現在のものとは比較にならないくらいシンプルだった。Macの方も、それに合わせて貧弱だったので、いまからすると、よくぞあんな性能で動いていたと感慨深いものがある。蛇足ながらその当時、表計算ソフトというと、一般にはロータスの方が知られていて、経済紙にもよく派手な広告を載せていた。そのようなわけで、いまだにロータスと聞くと、1-2-3と条件反射的に口をついて出るのだが、その後どうなってしまったのだろうか。

家計簿は結婚当初から続いていて、互いに苦労知らずの世間知らずだったので、気がつくと財布の中が空っぽ、という事態を防ぐためにはじめた。節約するというつもりはなく、お金の出入りを正確に記録して、せめて無意識の消費を止めようとしたのである。当時の記録を読み返すと、急ぎでもないのにタクシーは乗る、外食は頻繁、用もないのに喫茶店と、そりゃもう冷や汗ものの無軌道ぶりだ。さすがに年の功というか、最初の目的からすると、家計簿をつける必要はなくなっているのだが、今ではすでに習慣のようなものだ。他方日誌はというと、これは家計簿よりも後からで、当初はジョギングの距離数などをつけていたのが、それがいつのまにか、食事の記録になってしまった。記録の前半は揚げ物や中華が多かったが、後半に入って沖縄料理が幅を利かし、それから次第に野菜中心の軽い食事に変化している。食生活や嗜好というものも、変わらないようで、短期間でも結構変化するものである。

こんな風に、家計簿も日誌も、たまに読み返しては、暮らしの変化を知るだけであり、特段何かを反省するといったことはない。ただ、それでも記録し続けているのは、誰も自分の暮らしぶりを批判する者がいないので、自分自身に第三者の目が必要であり、もしもこれを止めると生活のたがが外れるような気がしているからなのである。いつまで続くか分からないが、いずれは訪れるであろう最後の記録がどういうものなのか、想像するのも悪くないと思う。

2008年1月2日水曜日

古い写真


誰の本だったのか忘れたが、人が見たい写真というのは、特別な記念写真のようなものでなく、そのとき自分が暮らしていた様子を写した写真だ、と書いていた。わたしも、このごろ本当に、そう感じることが多くなった。たとえば、たまに深夜に放送しているドキュメンタリーのアーカイブスを観てたりすると、それが撮影されている瞬間、自分はどこで何をしていたのだろうと、回想モードに入ってしまうことがしばしばなのだ。

ストックしている写真を調べると、やはり当然というべきか、普段の暮らしぶりを撮った写真はほとんど見当たらない。しかし時折、フィルムを装填する際に何枚かシャッターを切っていて、そこに偶然暮らしの様子をとどめた写真が残っていたりする。これが、意外に面白のだ。何時のか分からない机の写真があり、そこに写っている積み上がった本や、失った文房具などを眺めてると、普段は底に沈んで上がって来ない過去の記憶が、その小物たちの映像がきっかけとなって、ふっと蘇ったりする。

冒頭の写真も、特別の意図なく、おそらく新しいカメラの写りをみるために、試し撮りした中の一枚である。所帯を持って数年後、高台の見晴らしの良いマンションに暮らしていた頃の、夕食のあと片付けを終えて就寝するまでの暫しの時間だ。8畳分の広さしかないダイニングキッチンには、とうの昔に廃棄した家電があり、割れてしまったコーヒーカップがあり、いまでは作業台になっているテーブルがあった。そして写真の端には、当時は珍しかった種類の花が、ちょっと萎れ加減に写っている。たったこれだけのことだが、ひとつひとつに記憶のタグが付けられていて、その当時の暮らしに関わる、細々としたことを思い出すのである。

モノと暮らしの関わりは、わたし達が想像する以上に、濃密なものかもしれない。そして人生の実体が、日々の暮らしの記憶の集積にあるとすれば、その豊かさは、人とモノとの付き合い方にも左右されるのではないかと考えるのだ。

2008年1月1日火曜日

「文明が衰亡するとき」


年末年始はいつものように、一人で過ごす。誰にも邪魔されず本を読み、音楽を聴き、映画を観て、気が向いたらコンビニ弁当をほおばる、酒を飲む。愉しい哉、我が人生。

今読んでいるのは高坂正堯の名著、「文明が衰亡するとき」。始めて読んだのはプラザ合意の前、アメリカ経済が疲弊し、ジャパンバッシングが頻繁に報道されるようになった頃。気紛れで手に取ったこの本を読んで、はじめて、歴史を知ることの重要性や、イデオロギーに左右されない現実主義的なものの見方を知った。さらに、歴史を作る人間がいかに変わらない存在であり、その本性を把握しない限り、社会の動きを理解できないということを学んだ。自分が世論に流されないためにも、何年かに一度は必ず開く、愛読書と言ってもいい本である。

今回読み返していて、強く印象に残ったことは、この国の行く末についての記述である。曰く、「世界に嫌われても日本は衰頽するし、力がなくなって嫌われなくなってもやはりそうなる」。そして「絶え間なく変動する国際情勢に巧みに対応することは人々を疲れさせる。しかも、その対応とは、所詮妥協だから、それを繰り返しているうちに、自分たちの生き方への確信が失われる危険がある。そこに、通商国家として成功して豊かになったときに不可避におこる頽廃が加わる」、「その結果おこるのは、あるいは社会の中の分裂的傾向であり、あるいはより平穏な生き方への復帰を求める傾向だろう」。そして、変化の対応力の弱まりは日本の衰頽を招くが、「われわれの努力次第で運命が避けられると言いたいのでなく・・・、(その時がいつ来るかということであり)それまでにわれわれが何を作るかということなのである」という、きわめて冷厳な分析を行っている。

「その時がいつ来るのか」、以前ならば想像すらしなかった問いかけだったのに、もはや現実の問題となっているではないか。そして、この問いかけの後、四半世紀をかけてハコモノしか作らなかったこの国の現状を、高坂先生は何と評価するのかを知りたいのである。ひょっとすると、「そら、もうあかんね」と、あの世で苦笑しているのではないだろうか。

めでたい日に、辛口のアケオメで申し訳ない。