2009年1月26日月曜日

開花

今年最初のクリスマスローズが咲いた。背が低くて、おまけにうつむき加減なので、いつも最初の開花を見逃す花である。たまたま昨日、植木鉢の移動をしていて、開花しているのに気がついた。

きっかけは花の寂しい冬に、春までの繋ぎとして適当に育て始めたのだが、今では一番のお気に入りになってしまった。なにより色や形が清楚で、控え目なののがいい。淡い日向の中に、身を寄せ合うようにして咲いている姿が、なんとも微笑ましく思える。いわば冬の掌に咲く花とでも譬えようか。そして、ただ眺めているだけで、なんとなく慰められたりもする。

ヨーロッパ原産の花なので、夏を越させるのが一仕事である。地植えだったらそれほどでもないだろうが、鉢植えだと鉢の温度が上がりすぎないよう、まめに世話を焼く必要がある。それが夏休みに家を空けられない原因の一つにもなっている。

クリスマスローズの写真を撮るときは、俯いているので、下から覗きこむようにして、空に向かってシャッターを切らなくてはならない。空の方が明るいので、花はどうしても見た目より暗く写る。面倒くさいが、そこがまた気に入っている点でもある。

2009年1月25日日曜日

日曜大工



昨夜、郊外のホームセンターに出かけて、材木やペンキなどを買いこんできた。ストレスを解消するには、わたしの場合、何かを作るのが一番効果があるからだ。どんなものでもいいから、ともかく無から有を生み出し、充足感を味わうことで心のバランスを保つ。もっともあまり難しいものは、ある種の義務感を伴うので、子どもでも出来るような日曜大工がちょうどいい。

今朝は早起きをして、朝食前からあれこれと段取りを考えた。前もってペンキを塗れるものは先に片づけて、切ったり組み立てたりは塗料が乾いてから。面倒な工作は、陽の明るい午前中に。派手な音の出る作業は、ご近所の手前、昼過ぎごろに。材木の線引きは、昨夜のうちに済ませているので、今日はもっぱら単純作業である。

そうして出来上がったのが、窓枠の上の飾棚。絵や本などを飾るのに適当な場所がなく、何かの雑誌で見たアイデアを拝借した。奥行き8センチ、作品の転落防止のため外側に低い出っ張りを作った。色は決まらなかったので、取りあえず乳白色の下地色だけ塗って、考えが決まってから窓枠ごと塗り替えようと思う。

それから、鉢植えの台も作製した。これまでのが長年の風雨で傷んできたので、春を前に新しく作り替える必要があったのだ。プロの使う規格品の安い材木を、ホームセンターで大きくカットしてもらい、それを適当に加工して組み合わせるだけ。電動ドリルを使うため、ほとんど手間いらずで、あっという間に出来上がる。それに外に置くので、多少やっつけ仕事になっても全然気にならない。こういう作業こそが、ストレス解消に理想的。

そしてもう一つ、愛用の家具にガタつきが出てきたので、古いネジ釘を抜いて新しいのと総取り換えをした。結局、これが一番手間暇がかかってしまったのだが、ずっと気になっていたことを解決したので気分はいい。そして今夜は、美味い酒と、深い睡眠を得られるというわけなのである。

以上、報告終わり。

2009年1月21日水曜日

チャイナ・シンドローム

ジャック・レモンの主演する映画にそういうタイトルのがあった。彼は喜劇俳優としてスタートしたけど、わたしはどちらかというと、シリアスな映画のほうが印象に残っている。チャイナ・シンドロームやミッシング、それから酒とバラの日々なんかも良かったなあ。

で、チャイナ・シンドロームは原子炉の炉心融解を指すスラングであり、それは英語で通常メルト・ダウンと称される。スリーマイル島の事故では炉心融解直前まで行き、チェルノブイリの事故では実際に炉心融解が起きたといわれる。もっとも、原子炉が解けて地球の反対側まで達するということにはならなかった。しかし当時の事情をWikipediaで確認すると、改めて大変な事故であったことが確認できる。当時、TVニュースで第一報に接して、慌ててヨウ素の錠剤を薬局に探しに行ったことを、つい昨日のように思い出す。あの時は、雨の日には外出を躊躇うくらい、本当に恐ろしい体験だった。

さて、経済の世界でも時々はチャイナ・シンドロームは起きるのだけれど、それはもっぱら開発途上国の話だと信じられてきた。先進国にはさまざまなセイフティー・ネットがあり、経済が底抜けするようなことはありえないと言われていた。起きてみないとわからないものだ。つい1年前には世界経済の勝ち組といわれた、アイスランドが破綻し、アイルランドも危機的状況に直面して、そして英国もいよいよ底抜け確実な情勢になってきた。まったく信じられないことだが、大英帝国がIMF管理下に入る可能性も、真剣に憂慮されているという。もっともポンド危機というのもついこの間の出来事だったので、ああまたかよという気分でもある。

だが、もう後がない。世界経済は、本当にそのような状況に直面している。今夜はオバマ大統領の就任式だそうだが、就任早々、一般人には想像もつかないほど、解決困難な問題を処理しなくてはならない。おそらくは、アメリカ一国ががんばってもどうしようもない状況だ。あとは神様の気まぐれに希望を託するしかないだろう。暢気なわたしは今、文字通り背筋の凍るような思いで、次々発表されるニュースや経済指標を読んでいる。資本主義に生きている人間には、悲観は罪悪だけど、それでも家族を守るためには、楽観はむしろ危険な賭けになる。

ちなみに、チャイナ・シンドロームと似た言葉にチャイニーズ・レストラン・シンドローム(中華料理店症候群)というのがあるが、これは前者と違い非常に牧歌的なシンドロームである。

2009年1月16日金曜日

故郷



今から14年前、故郷で地震があり、多くの犠牲者が出た。早朝のニュースで、久しぶりに見る故郷の風景を目にしたとき、いったい何が起きたのか理解できず、呆然とテレビ画面を見つめていた。運よく家族は難を逃れたこともあり、それに仕事を放り出すわけにいかなかったので、何かすべきだと思いつつも、結局は自分の都合を優先してしまった。

急坂が多い街で、海を眼下にして登校した少年時代だった。よく遅刻しそうになって、足がもつれて坂道を転げ落ちたものだ。夏休みは教室の窓際に机を寄せて、海風に吹かれながら自習をした。休日には裏山でキャンプをしたり、村上春樹が通ったはずの古本屋で外国の雑誌を探したりしていた。最初にデートしたのも、もちろんこの街でだ。そして故郷の海で、わたしは泳ぎを覚えた。

地震から数ヵ月後、妹の結婚式に出るため、ようやく故郷に戻った。タクシーの窓からみる景色は、わたしの覚えている懐かしい街と違い、そこは無残な土色に変わっていた。時おり風が吹くと、力なく土埃が舞い上がった。それからのち、数年に一度わたしを迎える故郷は、いつもよそよそしい。たまに同郷の人と話すことがあっても、どこか後ろめたい感情がつきまとう。同窓会の誘いにも気が進まない。故郷を失うとは、つまり、そういうことなのかも知れない。

この国に暮らす限りは震災からは逃れられない。ただ、だからといって、それが原因で故郷を失うわけではない。今度、運悪く自分に震災が降りかかってきたときは、再び故郷を失うようなことだけはするまいと、強く心に誓っている。


・「風の歌を聴け」 映画に出てくるレコード店は、高校生のころ初めてジャズのLPを買った店である。

松山

松山に立ち寄ったので、以前から機会があればと考えていた伊丹十三記念館を覗いてみた。町の中心部から少し外れた場所にある、国道沿いのシックな建造物がそれである。残念なことに期待していたほどには、展示品は多くなかった。あれほど多くの仕事をした人の資料館としては、ちょっと素っ気ないくらいだ。しかし展示されている手書きの原稿やノートを読んでいると、思いのほか時間を忘れて没頭できる。原稿用紙の小さな升目に埋められた、決して上手とはいえない個性的な文字を追っていると、在りし日の伊丹の息遣いが直接に伝わってくる。それが何よりの収穫だった。

比較するのはおこがましいが、性格や好みに自分と少し共通するところがあり、いくらかの親しみを持ってその作品に接してきた。わたしの本棚にあるのと似たような本が並び、同じような道具を使い、しかし決して忘れ去られることのない素晴らしい文章や映像を数多く創作した。才能とは、何かを作り出す能力のことではなく、創造の神様に愛される能力を指すのではないか。それだけに、今更ながら失われたものの大きさを実感するのである。


今回、記念館の展示物を期待していたのと同じくらい、その建物自体を見ることも楽しみだった。建物の規模は、大きめの倉庫といった程度か。外観は、低く構えたような姿だが、内部は回廊状になっていて、空に向かって開け放たれた中庭が美しい。これは、いわば和風の修道院である。敷居が高いようで開放感があり、明るく軽やかなようでいてむしろ深い。さまざまな要素が反映し穏やかな中庸を保っている、許されることなら住んでみたいと思わせる魅力的な建物だった。その場所が緑の深い里山であったり、白壁の美しい歴史的町並みに建っていれば、どれほど素晴らしかったであろうか。その点だけが実に惜しい。

美術館や博物館に行って、図録などを購入することはないのだけど、今回は特別にガイドブックを買ってみた。どうして普段はそうしないかというと、サイズが大きいうえにまちまちで書棚のおさまりが悪いからである。これは文庫本のサイズなので、場所は取らないし、トイレに置いて読むこともできる。チケットや案内パンフレットともデザインが統一されていて、どれもシンプルだが上質、そして洒落っ気もあり、やはりこれは伊丹テイストである。

2009年1月3日土曜日

上野の森へ


しばらくゴロゴロしていたけど、昨日は朝からお出掛け。近隣の仲良したちと、正月を上野公園で過ごす約束があったからだ。あまり知られていないが、この数年上野の国立美術館はお年玉つきの開放日。開いているのは常設展だけだが充実したコレクションがあり、それを正月早々に観れるというのは、美術ファンにとっては何よりのプレゼントである。実際に行ってみると、特別な宣伝もないのにかなりの人たちが来館していて、常設展にしては意外な盛況ぶり。あれこれと勝手な批評をし合いながら見ているうちに、ちょっと小腹が空いてきた。持参した保温ポットで紅茶を作り、日向のベンチでクッキーを当てにティータイム。正月は、やっぱり東京がいいねというのが一致した意見なのである。

午後からは東博に移動した。いつ行ってもそうなのだけど、日本人と同じくらい外国のお客が多い不思議な場所。定番の観光コースにでもなっているのだろうか、昨日も個人ガイドに引率された、ヨーロッパ系の旅行者グループが目に付いた。週末はいろいろなイベントがあり、昨日の目的の半分はここでの和太鼓演奏や獅子舞を観賞することだった。イベントを楽しんだ後、広い館内を一通り見て回ると、すっかり日暮れが迫っていた。最後に公園内にある神社に初詣して、本日のスケジュールは無事終了。一年の計は元旦にありというが、これで今年もすばらしい作品に一杯出会えるいいのだが。

2009年1月1日木曜日

何もしない

年末年始は安息日と決めた。だから、何もしない。コタツがないので、一日中テーブルの前に座りだらだら過ごす。窓越しに冬の明るい空をぼんやりと眺めたり、ソファに横になり鳥のさえずりを聞く。新聞は取り込んでから、開きもせずにテーブルに積んでいる。腹が空いたら、冷凍食品を解凍して食べる。飯ぐらいは炊くけど、それ以外はしない。酒のあてはないので、バゲットを温めるだけ。そして早めに寝床にもぐりこみ、眠くなるまで本を読んで、短い一日が終わる。

今夜は何日かぶりにテレビを点けた。例年、何はなくともこれだけは見ている、ニューイヤー・コンサート。ウインナワルツなんて普段は聴かないものだが、だからこそ年に一日だけのこの日を楽しみにしているのだ。特に今年はバレンボイムの指揮。バレンボイムの役者っぷりに笑ったり、優雅なワルツに聞き入ったり、あっというまの3時間だった。今年のコンサートにも日本人が多くいたが、もう以前ほどではない気がする。それにしても、ああいう華やかな場所で着物というのは、ひときわ豪勢に見えるものだ。以前にウィーンでオペラを観たときにも、なぜか派手な和服姿の女性がいて、それはもう周りの人たちの注目の的だったものだ。

写真はボックス席から撮影した開演前のオケピの様子。舞台に近い割りに、見るにはやや不便な場所だった。

100年の人生

テレビCMで”人生100年”という言葉が出てきて、ちょっとびっくりしました。数年前から、100年を前提に人生設計すべきということが語られるようになってきましたが、もはや常識のレベルにまで上がってきたということでしょうか 人が当たり前に100歳まで生きる時代が到来するなんて、少し...