それでも国民の一人として給付金で不況打開に協力したいのだが、特別に欲しいものがあるわけでなく、結局近所のレストランで食事をして、ささやかに地域経済の振興を後押しをした。そして給付金の残りを何に使うか探したところ、ちょうど掃除機の調子が悪く、これを何とかしようということになった。というものの、過日の冷蔵庫の件と同じく、欲しくもない新品を無理して買い替えるのは気が咎める。
さてどうしようという段になって、先日読んだ「非電化」の本のことを思い出した。そもそも電気掃除機は西洋的な生活で必要になったものであり、日本の家庭ではそれほど必要ではないということ。思えば我が家、全面板張りの小住居にして、大人二人だけのひっそりとした暮らし。それこそ箒片手に、目についた埃を掃っていれば十分であり、騒音を出さないので夜中の掃除だって平気である。
ということで、電気掃除機はやめにして、銀座の老舗で箒と塵とりを購入した。むろん洋モノだって悪くはないが、給付金は深刻化する消費不況を打開するためのお金なのだ。やはりここは、「ばい・じゃぱにーず」でありたい、地産地消で行こうじゃないか、というわけ。実際に使ってみると、箒だけの生活でも全然困らないというか、むしろ余計な手間がかからずずっと便利で具合がいい。これならもっと早くそうすればよかったと、軽い後悔を感じたのである。まあ、政策目的に忠実にというか、給付金相当額をそれなりに有意義に使ったつもりだが、実際に振り込まれたお金は一度も手にすることもなく、特別な支出をしたわけでもなく、嬉しくも楽しくもなく、そんな定額給付金に何の意味があったのだろう?





